米映画:グランド・ホテル(1932年)は『グランド・ホテル形式』という言葉を生み出した程の、当時としては画期的な作風の名作映画で、『グランド・ホテル』という名の巨大ホテルに或る一定期間たまたま同宿した客たちや従業員らが織り成す重層的な人間ドラマを随時多角的に描出した作品である。
 と言って、この映画だけが格別例外的にそういう手法を取ったということではない。程度の差はあっても、どんな映画でも出会いがあり別れがあるのは私たちの実人生同様である。或る時期或る場所で、様々な経緯・経歴を持った一人ひとりの人生が交差し、或いはすれ違って、この世界は成り立っている。どんな映画も同じことである。ただこの映画は出会いと別離の取り上げ方が並み外れていたということであろう。
 連日多数の客の出入りで激しいこの一流ホテルの客たちの中から、映画は数組の男女をピックアップして描出する。大まかな役どころは ↓ 下の淀川名画撰集を参照されたい。

cf.グランド・ホテル形式

淀川名画撰集にはこうある。 ↓

グランド・ホテル
原題:GRAND HOTEL
監督:エドマンド・グールディング
脚本:(未記入)
キャスト:グレタ・ガルボ/ライオネル・バリモア

製作年:1932年
製作国:アメリカ

これから、『グランド・ホテル』のお話をしましよう。

『グランド・ホテル』、これはドイツのビッキー・バームの、女の人の小説ですね。
これは群衆劇、もう『グランド・ホテル』言いますと、いろんな、いろんな人の話が一つの小説の中に集まっているんですね。
グランド・ホテル形式と言いましてね、後にそういう群衆劇が流りまして、その群衆劇をみんなグランド・ホテル・スタイルと言ったんですね。

で、これで一番おもしろいのはグレタ・ガルボ。偉いですねえ、MGMの最高のスターですね。それとジョーン・クロフォード。これもMGMの最高のスターですね。
この二人を顔合わせするというえらい事になったんですね。
ジョーン・クロフォードは絶対にガルボと共演したくない人。ガルボは、「ジョーン・クロフォードと私が出るんですか?」って笑う人。そういう二人を一緒にするところに、この作品の最高の興味があったんですね。

それでみんなは、二人が一緒に共演するだろうか心配したんですね。
そういう意味でも、この『グランド・ホテル』、MGMのこの作品は、大きな、大きな話題をなげかけたんですね。

最初、いよいよ始まる時、『グランド・ホテル』のロビーのセットができました。
セットのちょっと一段上にもうガルボは来て待っておりました。
ところが、そこへ向こうからジョーン・クロフォードがやって来ました。
二人は、初めて....スタジオで一回も顔合わせません、初めて会ったんですね。

ガルボは平気でしたけど、ジョーン・クロフォードはちょっと胸いっぱいでした。
ツカ、ツカ、ツカとガルボのそばへ行って「おはようございます」と言ったのね。
で、ガルボはどう言ったでしょう?「ご苦労さん」と言ったんですね。
さあ、それでカンカンに怒ったんですね、ジョーン・クロフォード。
「ご苦労さん」?あんまりだ。それで、「この映画に、出ません」と言ったんですね。
そういう事言われてもMGMは、もうガルボとジョーン・クロフォードの共演でポスターも全部作ってますから、困って困って大騒ぎした話があるんですね。

「ガルボの出番はどんな出番ですか?」とジョーン・クロフォードは聞いてたんですね。
有名なバレーダンサーが、もう人気もなくなって貧乏になってホテルにくすぶってる役です。
「ああ、そうですか。衣装は?」
衣装は一つだけです。
「ああ、そうですか、あたしの衣装はどんなの?」
重役の二号さんだから、十二着ぐらいのイブニングドレスがあって奇麗な靴もあります。
「それなら出ます」
ジョーン・クロフォードはそう言ってたんですね。

そうして二人が初めて顔を会わせた時に、ガルボが「ご苦労さん」と言ったんですね。
自分と同じ位置のスターだ思ってたのに、頭から「ご苦労さん」と言ったので、かんかんに怒ったんですね。
それで大騒ぎになって、ガルボは「何でジョーン・クロフォードさんは怒ったの?」と言ったのね。ジョーン・クロフォードは、カンカンに怒ってもう出ません。
それでこの『グランド・ホテル』は、なんとワンシーンも二人が一緒の場面がなかったの、えらい問題でした。

そしてジョーン・クロフォードは、サミュエル・ゴールドウィンという有名なプロデューサーのとこに行って、「私はあんな人と一緒に絶対出たくない。私にあの人に負けないような良い役をください」と泣きついたんですね、MGMからユナイトに移って。
それならと言って、『雨』サデー・トンプソン、あれをあげよう言ったらジョーン・クロフォードが「わーっ」と喜んで泣いた、そういう因縁が『グランド・ホテル』の裏側にあるんですね。

この『グランド・ホテル』のガルボの役は、バレリーナがもう人気がなくなってホテルにおりますと、そこへ宝石泥棒がやってくるんですねえ。
で、宝石泥棒がガルボの鏡台の宝石を盗った時に、ガルボが帰って来るんですね。

机の上見たら、自分のブレスレットがなくなってるんですね、イヤリングが。
どうしたんだろうと思ってるとカーテンの裾に男の靴の先がでてるんですね。
「あんた」と呼んだら、見つかったかと出てきたんですね。
泥棒です、けど泥棒と言えないから、「私はあんたの大ファンで、あんたの各国での上演をみんな観ております。私はあなたのたった一つの宝石、それを一生大事に持とうと思いまして、悪いけど盗みました」。

そう言ったら、「ああ、そうですか」と言って、「もう一遍言ってごらん」、「私はあなたの大ファンです」、「はい、それ一つあげましょう。もう一遍言ってごらん」、「僕はあなたの大ファンです」、「はい、これあげましょう」。
そうして四個の奇麗な宝石をあげて帰らした、そういうのがガルボの役ですね。

ジョーン・クロフォードは、もうなんともしれん、夜会の花形になって出て来る役ですね。
『グランド・ホテル』は、ガルボとジョーン・クロフォード、この二人の顔合わせで、もう世界中評判になった作品ですよ。
【解説:淀川長治】

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 以上おっちゃんが昨日見た映画のお話でした。