半側空間無視の回復リハビリ
前庭リハビリという動画を見たけど。
本人には
半側空間無視
という意識が無いから、リハビリできるかなー。
半側空間無視の回復リハビリ
前庭リハビリという動画を見たけど。
本人には
半側空間無視
という意識が無いから、リハビリできるかなー。
バターをたーっぷりと塗った、トーストが大好き。
電車通勤していた時は、乗車駅の喫茶店でトーストモーニング~
降車駅の喫茶店でモーニング~
制服に着替えてから、日に3回は通っていた近くの喫茶店でモーニング~
(この喫茶店が、私の超重要な情報の収集場所だったわ。)
そんな喫茶店も全て無くなってしまって・・
今、時間さえあれば出かける喫茶店は珈琲豆屋さんだけど、好みを知ってくださって
カリッっと焼き上げて、バターも染み出すほど塗ってくれて。
バターたっぷりのトーストの、真ん中をちぎって、バターの染み込んだところから食べるのが・・幸せ♡
ところが!
コメダ珈琲のモーニングのトーストって、マーガリントーストだったのよ!
マーガリントーストなんて、許せないでしょ!!!
その、コメダ珈琲が、現在韓国資本だって知ってます?
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGF1506P_V10C13A1TJ1000/
「すべてのキリスト信者が聖性へと招かれていること」について解説しました。以下はその全訳です(原文イタリア語)。
(略)十戒とは、特定の状況の中で愛するとはいかなることかについての解説にほかなりません。主日に復活した主と出会うこと。一日の始めと終わりに神に触れること。決断において、神が与えてくださった「道しるべ」――それは愛の形式にほかなりません――に従うこと。これこそが、聖なる生活の単純さであり、偉大さだと、わたしは思います。それゆえ、まことのキリストの弟子の特徴をなすものは、神への愛と、隣人への愛です(『教会憲章』42)。これこそが、キリスト教的生活、すなわち聖人の生活の単純さであり、偉大さであり、深みです。
だから聖アウグスティヌスはヨハネの手紙一の第4章の解説の中で、大胆にこう述べたのです。
「愛しなさい。そしてあなたが望むことを行いなさい(Dilige et fac quod vis)」。
アウグスティヌスは続けていいます。
「沈黙するときは、愛のゆえに沈黙しなさい。
語るときは、愛のゆえに語りなさい。
罰するときは、愛のゆえに罰しなさい。
ゆるすときは、愛のゆえにゆるしなさい。
愛に根ざしなさい。
愛という根からは、善のほかは何も生まれないからです」(『ヨハネの手紙一講解』:In Johannis epistulum ad Parthos tractatus 7, 8, PL 35)。
愛に導かれる人、愛を完全に生きる人は、神に導かれています。
これが、「愛しなさい。そしてあなたが望むことを行いなさい(Dilige et fac quod vis)」という偉大なことばがいわんとすることです。
(カトリック中央協議会)
抜粋