つづきものなのだ桜

さくら、さく 第30話 から


 佐倉は耳の聞こえない息子のことで悩んだ夫婦がその絆を危うくしたことに反応した。近所に住みながら大人たちは誰も知らなかったが矢嶋夫婦は別居状態だったらしい。音のない世界に住む息子に対する愛情はそれを共有できない者への憎悪を生んだ。矢嶋さんが近所で意地悪と言われた事にはそんな背景があった。憎しみは周囲を不幸にするし、身近な人間ほど傷つくものだ。矢嶋さんの旦那さんはその被害者だったのかもしれない。人は表面だけを見てそれ以上を知ろうとはしないものだ。一度嫌悪すると近寄ろうともしない。近所の大人たちが矢嶋さんを誤解していたのはそんな上辺だけでしか評価できない習性があったからだろうと思う。しかし、佐倉は矢嶋さんに歌を咎められたことでそのことに気づいたのだ。佐倉と同じように子どもには大人のような偏見はないのかもしれない。見たままを佐倉に伝えたのは子供たちだった。
 佐倉は矢嶋さんと話しを終えると店の裏に小走りで向かった。ダニエルも佐倉に続いて店の裏に向かった。それを見たマイちゃんも店の裏に小走りで向かった。店の裏にはピザの竈があった。しばらくするとダニエルが両手に大きなトレイにピザを載せて運んで来た。マイちゃんも危なげな足取りでピザを運んだ。そして、佐倉もピザを運んで来た。

 佐倉の後に姿を現したのは似顔絵の男性だった。佐倉が矢嶋親子に捧げるプレゼントは静岡から連れて来た矢嶋さんの旦那さんだった。

「ねっ、だから静岡まで行ったんだよ」

 マイちゃんがウインクして笑った。桜前線より早く佐倉は矢嶋家に春を連れて来た。春爛漫はもうすぐそこだった。


おしまい

ペタしてね 読者登録してね

ご協力よろしくなのだ
ポチッと押してネ (。-人-。)

人気ブログランキングへ
人気ブログランキングへ

ご協力ありがとうなのだニコニコ