日本と国ができ
今年の2/11で皇紀2683年。
ずーっと心が継承されている場所がある。
それをきいた時
そうか![]()
と気づいたことがある。
大切な人を亡くした時、
わたしはスピチュアルの世界に少し入ったことがあり、インドのシルディサイババさんや
サティアサイババさんの
スピリチュアルツアーに行ったことがある。
インドのサイババさんがいた場所は
包み込んでくれるような
一体感ある
あたたかな空間。
それをわたしは
〈愛〉ある空間だと感じたことがあった。
同時に
神社へ行くことも増え、
場を感じることが増えた。
海外のスピリチィアルな場所と
神社などの違いがあるなーと思っていて
ことばにできなかった。
古事記の歴史を読む機会
ふと聴いた、
心が継承されている場所。
神社は
過去から未来を心の中に記憶として
すーっと研ぎ澄まされる懐かしい雰囲気が
あって
大切なものを手渡される時間。
それって、日本人であるルーツを肌で感じれる時間でもある。
継承ってこんな感覚なのかーと
ことばの意味と
体感を通した上での
ことばの意味合いを感じた。
こういう体感覚を
具体的なものに価値を置いている
今の社会に
どう説明したら良いのだろう?
