(直接的でないにせよ、ネタバレを含む)



ダークナイトやスーサイドスクワッドで人気を集めたジョーカーとはまったく違う姿が描かれていて、これは違うものとして観たい一作だった。
10月に公開されていたものを今更観たから、ざっくりした感想は嫌でも耳に入っていて、ダークナイトのようなトリッキーな姿が観られるのかと思ったら凹んでしまったという話はたくさん目にしていたから、心構えはあった。

観終っても凹まなかったし、むしろ清々しささえ感じたんだけど、「なぜ彼は悪へ堕ちていったか」という副題はそぐわない気がした。
確かに、今まで見てきたジョーカーの影を追うならその点を追うことになるんだろうけど、JOKERの中での彼は殺人を楽しんでいるわけではなく、ただ邪魔な人を、意に沿わない人を消しているだけ。もちろんそれは倫理的・道徳的にはありえないことで、その点ではトリッキーなんだけど、ただそれだけに感じたんだよねえ…。

彼に善悪の認識はなくて、みんなが好き勝手に生きた結果、自分という存在が虐げられるなら、自分も好き勝手に生きるぞ、という。
ある意味、アナ雪の「ありのままで」を歌い自分という存在を解き放ったエルサと同じじゃなかろうか。

ただ、彼とエルサで違ったのは、彼が好き勝手にやり、殺人を犯した結果、注目されるようになった。今までいない者のように扱われていた自分が、市民権を得た。
主張すれば自分を見てもらえる。見てもらう手段が殺人だった。

警察から逃げるけど死体を隠しはしないし生放送でも殺してしまう。そこにルールはなくて、ただ思ったように生きている。自分を貶めたランドルは殺すけど、自分を最後まで馬鹿にしなかったゲイリーには危害を加えない。
生放送だって、本当は自殺して衝撃的な最期を迎える場として出演したつもりが、マレーに小馬鹿にされたと感じ、ついに生きたい気持ちが勝って、マレーを殺してしまった。

自分の行動によって触発されて、街全体が暴動と化しているのを見て、子どもがイルミネーションやおもちゃの山を見るように、キラキラした目で嬉しそうに見つめていた。これには、自分という存在が認められたことへの喜びを感じる。

JOKERはアーサーの生き様を見た映画だった。美しい。そして、彼が死なない限り、彼は自分の感性の限り輝きながら生きる道を見つけたんだと思う。