Tusk of Enari

Tusk of Enari

ただの日記です。

Amebaでブログを始めよう!

 生きてたらあっという間に12月になってしまっている。

 

 去年の年末に「更新頻度を増やそう」と書いたのにこの始末である。

 特に体調が悪化した、という訳でもなく日々を楽しんでいたら時間が過ぎてしまっていた。

 

 2度目のPET検査でも転移も無く、腎臓の数値も横ばいで糖尿の数値も安定。塩っ気を気にする様になった代わりに甘い物は割と食べても大丈夫になっている自分の身体が面白い。

 

 とは言え何もない事もなく、年始から4ヶ月ほど通い続けた歯の治療が終わったと思ったらまた痛みを感じて行ってみたら今度は「歯槽膿漏の気が〜」と言われ再治療に通ったり、人生で初めて痛風の症状が出たりと相変わらずである。

 

 先月は温泉旅行に行って初めての軍鶏を食べたりと幾つになっても初体験が多く、長生きしてりゃ知らない事を知れる機会がそれだけ増えるもので、まだまだ長生きしたいと正直に思う。

 

 まだ残り二週間ある今年をどう過ごそうか、とにかく楽しんでいこう。

 夏になってしまった。

 

 どうにか転移なども見つからずに過ごしているものの依然として油断などせずに過ごしている。

 腎臓の値が気になりはするものの薬のおかげか数値は安定していて悪くなる事もない。

 ある程度落ち着いたかと思われたコロナだがまた流行ってしまっていて罹患する人が増え、病床率がまずい状態である。

 ワクチンは三回済ませているが、感染しないわけではないしかかってしまったら色々とやばいと思うので気をつけてはいる。

 

 先月久しぶりに友人達との再会をした。皆一様に「喋れなくなっている」と思っていたようで心配もされたし話せる事を祝福してくれたのだが、これまた一様に「以前とそんなに変わってないんじゃない?」と言われる。

 確かに元からあまり聞き取りにくい声である事は自覚していたが自分としては結構話せなくなっていて、迷惑をかけるなと思っていたのだが。

 

 なんだか腑に落ちない。

 

 まあそれはそれとして面白いからいいか。

 今日で無事に令和3年が終わりを告げる。なんやかんやと怯えながらの一年であったがどうにか再発も転移も無く過ごせたのはあまり深く考えない性格も関係しているのかも知れないが、楽しんで生きてきたからというのもあるだろう。

 

 落ち着きを取り戻しつつある現状に復活祝いも兼ねて旅行に行って温泉に浸かったりしてきたが先日酷い歯の痛みに耐えかねて近所の歯医者に行ったら「奥歯の神経が腐っておる」と言われ歯茎から膿を取り出してもらい、年始早々に治療を始める事になっている。

 

 他にも腎臓が悪くなってると言われ新たな薬を処方してもらいながら今後も健康に留意しつつ過ごしていかなければならないが、いずれ終わりを迎える事には変わりなく、先が見えない不安より或る意味分かり切った未来なので逆に覚悟が生まれてラッキーとも思う。

 

 せいぜい最後まで見苦しくあがいた上で笑って死んでやろう。

 

 それが来年なのかウン10年後なのかは知らないが、とりあえず日記の更新頻度を増やせたらいいな、というのを目標にしよう。

 

 って更新する度にそんな事を書いてたような気がするが、何も思わないよりはマシだろう。

 

 そんな訳で良いお年を。

 近所のスーパーには決まった曜日にキッチンカーがやってくる。木曜日にはミートパイ屋が来て、土曜日には焼き鳥屋が来る。匂いや空腹に誘われて時々買っておやつ代わりに食べたりしているのだが、今日は初めて見た車があったので近づいてみるとたこ焼きや唐揚げを売っているようだ。

 

 たこ焼きはアレルギーで食べられないので唐揚げでも、と思ったが生憎買い物を済ませた後だったのでまた今度、と通り過ぎようとしたが保温器の中に作り置きのが一つ残っていたので折角だからと買って帰って嫁さんと食べよう、と購入する事にした。

 

 店員に声をかけ「唐揚げを一つ」と注文するもお年を召された女性で「はーい、焼き鳥?」と返事をされる。

 

 いやいや唐揚げを、と言うと「ああ、唐揚げね」と保温器から取り出し袋に入れながら「500円ね」と言い、お金を渡すとその袋の上部を握り締めながら差し出してきた。

 

 お礼を言いながら受け取りつつ「レジ袋じゃないのかな?」と思ったのだが確認してみるとちゃんと指を入れて持つ事が出来る袋であった。

 

 そんな適当な客商売の仕方をされたのが子供の時に良く通っていた駄菓子屋以来だ、と思いタイムスリップをしたような気持ちになる。

 

 帰ってから食べたらこれが冷めてても結構美味しかったのでまた次見かけたら買おうと思う。

 

 まだまだ暑い日が続くかと思っていたが近頃は夜が涼しくなってきている。たった二日前までは一日中クーラーを付けっ放しにしていたのに。

 

 電気代が安くなりそうだ、と思ったがもうしばらくすれば今度は電気ストーブに火を灯す事になるだろうから結局はそう変わらないと思われる。

 

 何にせよ生きてれば何かと金がかかるものである。

 入院最後の日、最後の朝食をと思っていたら具無し汁を入れ忘れられる。最後の最後までやっぱりこれかい。そういう天命なのか。

 

 毎朝の検診に来てくれる看護師や医師達から「おめでとう」「長かったね」等と労いの言葉をかけてもらったりしながら今後の注意やアドバイスを受ける。

 

 迎えに来てくれた嫁さんと無事に合流し、貰った大量の薬やエネーボ十六本をお土産に病室に最後の別れをして病院を後にした。生憎の雨模様に加えて風も少し強いが、そういう事さえも感じる事が出来なかった入院生活。そんな事でも日常に戻ってこれたのだ、と感慨に耽る。

 

 転院時には必要最低限の行動しか出来なかったが、自分の行きたい所へ行き、買いたい物が買える。早速百均に行ったり食べれないけども「ただ見たい」という理由でスーパーに寄ったりしてから家に帰ってきた。

 ただウロウロするだけでも楽しい。リハビリのおかげだろう、歩き回る事もさほど困難ではなかった。

 

 

 終わってしまえば早かった、と思うのは何をしていても同じだと思うが六十二日間という日数はそれなりに長い。この二ヶ月で季節は変わり、入院時に着ていた服は時期を外れたものになり少し肌寒くなった風がすね毛をくすぐるのが移り変わりを感じさせ、それだけの日々を過ごしていたのだと実感した。

 

 それに歩く事自体はなんでもなかったが、家に帰ってからの日常生活が困難になっていた。

 皿を取ろうと思ったら上がりにくくなった腕に、地面から立ち上がろうとする時の不便さに、リクライニングのない布団に。

 様々な場面で沢山の物に手助けをしてもらっていた事を改めて知る。

 入院生活中、本当に最低限の行動しかしていなかったのだ。

 

 帰って少しゆっくりしてから習ったゼリー食を作り、嫁さんと一緒に夕食。

 

 文字ではなく、言葉で会話をする。時間を気にする事も誰かに遠慮する事もない。 

 以前のように喋れなくはなったが、それでも止まる事のない二人。

 時間はあっという間に過ぎていく。
 当たり前がありがたい。

 

 「これからは上がるだけの人生だね」という嫁さんの言葉と「これからが本当のリハビリだし、長い目で自分を見つめていって下さいね」という医師からの言葉を噛み締めて、気負わず過去の自分を取り戻して行きながら、これからの新しい自分を作って生きていこうじゃないか。

 

 出来ない事は増えたかも知れないが、出来なかった事が出来るようになる事も増えるだろう。

 

 色んな事に感謝する機会が増えるのは、その分楽しいと思える事が増えるのだから。

 

 

 

******************************************

 

 

 

 当初の予定では去年で書き終える予定だったのに長々となってしまいました。

 舌癌が発覚し、手術を終えて一年が経過した現在、先日行ったPET検査でどこにも転移はなく、切望していたカツカレーを難なく食べれるようになり、まだまだだけども発音は良くなりつつあります。

 ワクチンも摂取して副反応にほんの少し凹んだりしましたが元気に暮らしております。

 

 当時のメモを見ながら思い出しつつ書いてきて都度考えるのは「今って大事」って事。

 病院嫌いで生きてきて結果これだし、もっと行ってりゃよかったな〜、と。

 何回も入院しといて全然反省してないし、今更なんだけども、やっぱり人生って面白いもんだと思います。

 経験しなきゃ分からない事だらけで辛い目にも合うけど最後にゃ笑ってるのは自分の性格もあるんだろうけど、何かしらで繋がる考え方の変化とか、きっかけがないと起こらないわけで。

 その度に生まれ変わった気になってまた失敗して。

 変わってねーじゃねーかと思いながら、それでも少しは前よりマシな自分になった気がして。

 そんな感じで今も楽しく生きてます。

 

 どんな事でもやって損になるのってあんまりないものですね。

 そんな寝たり起きたりを繰り返している内にいつの間にか寒気はなくなっていた。本当に一体なんだったのだろうか。

 

 とりあえず朝だし、ただ夜が冷えるようになってきただけかも知れぬ、と朝食を待っていたらメニューは変わらず。基本的に昨日言った事は午後から変えるのがここの病院の姿勢なのだろう。おかゆの量は増やす、飲み物も変わると言っていたのに。

 

 最後の鼻クーダとなればいいが。

 

 と、そんな事を考えていたら十時頃に医師が来ていよいよ抜くとの事。また吐くやも知れんと思ったがそんな事もなく無事に外された。

 

 久しぶりに自由となった我が面に妙な他人感を覚えたが、それよりも気を遣わないでいい事に物凄く感動し、すぐ慣れる。もともとうつ伏せで寝る事が多い身として今夜が楽しみになった。

 

 

 という訳で昼はちゃんと変更されたメニューが来た。おかゆの量も増え、栄養汁がエネーボという飲み物に変わった。昨日飲んだエンシュアリキッドより甘みは減ったものの少しトロミがあり、口や喉に残る感じがする。これも嚥下が上手くなれば慣れるものだろうか。

 

 とは言えクーダを気にする事がなくなったので改めて食事を楽しむ。しかしゼリーメインのお茶代わりに甘い汁を飲むのは何とも変な気持ちである。離乳食時の赤児はこんな感じなのかも知れない。

 

 

 昼食を終えて最後の洗濯を。前回自分の洗濯物が乾燥機から出されて嫌な気持ちになったのを思い出し、今回は終わる十分ほど前から待機し、あわよくば犯人に出くわしやしないかと思ったがタイミングが合わなかったようだ。少し悔しい。

 

 だがリハビリをしたりしながらチョコチョコと出歩いていたので入院中関わってくれた多くの人とのすれ違い、その都度鼻クーダが無くなった事に気付いてくれて何かと声をかけてくれた。それが明日退院である事も同時に伝わっているので世話になったお礼をしつつ挨拶を交わした。

 

 

 夕食を終えていよいよ最後の晩である。荷物を整理し、準備を済ませて色々と考える。

 

 これまでの事を布団の中で考えながら「明日は予定通りに退院出来たらいいな」と思ったのが最後の記憶であった。

 

 朝の検診時に今日の昼からエンシュアリキッドという栄養汁を飲む事になると言われる。これが普通に飲めるなら鼻クーダを抜いて退院となるので断る理由などない。

 

 それにこの飲み物は祖母が飲んでいた事もあり経験済みでもある。ドロドロとしたなんとも甘ったるい物で、高校生だった当時は何も考えてなかったのでただ一口飲んで「いらない」と思っただけで、飲めない事はないだろうと思う。

 

 朝食を終えて歯科へ。今日は右下の歯を中心に治療を。強制的に始まった治療だが、一度やってしまえば最後までやってもらわないと損した気分になるので退院してからも通う気ではあるが、その場合もこの病院でやってもらえるのだろうか?なんて事を考えていたら治療が終わっていた。

 

 「夜は歯磨き粉なしで磨くと良い」と言われ、次回の日にちを決める。ただその日だと退院しているものと思われたので聞いてみたらやはり通ってもらうとの事。新しいところを探すのは面倒臭いのもあるし、礼を述べて病室へ戻る。

 

 昼食までの間に看護師と共に退院日を決める為に色々と相談。

 

 

 運ばれてきたエンシュアリキッド。懐かしい気持ちと共にプルタブを開けて匂ってみる。そうそう、こんな感じ。缶から直接なので生温いが、記憶よりも全然甘くない。市場に出回っているフルーツ主体のジュースに似ているが、あれは味から何から苦手なのだが、それに比べたら全然平気。これなら飲み続けられるだろう。

 

 ただ甘さがあるので心配だったので飲んでしばらくしてから血糖値を測ってもらったが、数値的にも大丈夫そうである。一安心。

 

 

 そんな訳で明日鼻クーダを抜く事が決まり、明後日退院、という事が決まった。そうなると気持ちが逸り、そわそわしながら退院準備を始めた。二日分の着替えや必要な物だけをチョイスして持って帰るだけの物はリュックに詰めておく。何だか旅行気分になる。嫁さんにも連絡してその日の迎えをお願いし、無駄な万能感を感じつつ夜を過ごす。

 

 

 だが寝る前にふと得体の知れない寒気が襲ってきて布団を被ってもまだ寒い。おかげでほとんど眠る事が出来なかった。一体なんなのだろうか。

 早くなったので実際どの程度かと時間を測ってみると三十分では食べられる事が分かった。これまでは一時間はかかっていたのを覚えているので正に倍である。元々遅い食事ペースなので驚いたが、これはゼリー食だからで普通の食事に戻ったら結局は同じかさらに遅くなると思われる。ご飯はゆっくり食べたい。

 

 今日は朝から何かと賑やかである。昨日入った新人と医師達の会話でどうやらこの方は抗がん剤治療を始める、との事。

 

 さらに隣人は退院との事であったが、実際には明日別の病院で手術のようである。お二方とも是非頑張って欲しい。

 

 

 昼食を終えてしばらくしてから嫁さんが到着し、次いで調理講習担当者と私担当の看護師が呼びに来てくれて四人でゼリー講習へと向かう。洗い場がありはするものの調理室とは言えない部屋へと案内され、私は意気揚々とテーブルに新品のフードプロセッサーをセッティングし、講習スタート。

 

 米好きなのでまずは主食となる米ゼリーに始まり、おかずなどの作り方を習う。米だとお粥を作ってからの方が作りやすかったり、おかずは調理自体は変わらないものの具材を細かく切り刻んだ方がいい、と説明を受けながら作り始めたものの教えるのも久しぶりだったらしく、私も初めての経験なのでゼリーにする為に入れる粉の分量を間違えたりして失敗。

 

 それでも最後にはちゃんと食べても問題ない程度の食事を作る事に成功した。講習中、固まるまで二〜三十分の冷却時間が必要なのでその間四人で雑談しながらだったので楽しい時間を過ごす事が出来た。

 

 ただ、病院側が用意してくれていたフードプロセッサーだけしか使わず、買ってきたフードプロセッサーはほぼ使わなかったのだけども。

 

 

 そんな訳で無事講習も終わり、病室に戻ってきて嫁さんとお喋り。考えてみたら実際に会って話すのは転院してからなので二十日振りであった。感謝を伝えつつ、今週中には退院出来そうだと伝えその際には迎えをお願いし、出入り口まで見送る。

 

 病室に戻り夕食を摂りながら「自分で作る時はもっと濃い味付けをしてやる」と思いつつ、新しい隣人が入っていない事に少し驚く。多分夜か明日にはまた入るのだろうけど。

 食事する毎に思うが食べる速度が上がっていて最初に比べ倍になっている。喉の筋肉が鍛えられているという事だろうし、口に入ってくる物に対しての抵抗感も薄れ、慣れてきたという事である。それまで意識した事のなかった「舌の奥側に物を置いてから一気に飲み込む」という行為。そんな事を意識する前までなら多分違和感で戻してしまっていたと思う。だがこれからはそれが当たり前の食べ方になる。現在はゼリーなので時々飲み込もうとする前にツルっと勝手に落ちていってしまう事もあるが、そのコントロールも出来るようになっていて、人というのは本当になるようになる、沖縄方言で言う「なんくるないさー」を実体験している。

 

 新たな人生の過ごし方を熟せるようになった自分に経験値を積んでレベルアップしたような気にもなる。人生はゲームのようなもの、とはよく言った物だ。リセットボタンはないけれど。

 

 そして薬の管理を再び自分でするようになった。以前に比べて種類も量も減っているのでなんという事もないが、その説明をしに来ていたベテラン風看護師の態度が怠慢チックに見えてしまったのは昨日の気持ちの名残だろうか。

 

 

 慌ただしく二十三人目となる引越し作業が進んでいる時に担当医師が来て「退院の時に鼻クーダを抜いていくかどうかは自分で決めていいよー」と言われた。不安が残る人はそのままでしばらく過ごす人もいるらしいのだが、私は当然抜いて帰る方向である。装備したまま外を出歩いてもおよそファッションとは思われないだろうし、善意で通報される恐れもある。

 

 何より恥ずかしい。入院当初のただ起きているだけで辛かったあの日々を思えば口だけで食べる事が出来るようになる努力なんてあってないようなものだ。

 

 

 そんな訳で明日、家でゼリー食を作る為の講習を受ける事になった。その際に「フードプロセッサーが必要なので用意してきて下さいね」と言われたので、その旨を嫁さんに連絡すると「家にはフードプロセッサーなぞない」とのお返事。あっただろうと返すと「あれはブレンダー。パワーから何から違う」と。

 

 なので急遽購入をお願いする事になった。知識と認識不足を恥じながら、ちょっとしたイベントに胸躍らせつつ就寝。