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RAP WARZ DONPACHI! for MURDER GP

日本語ラップ専門局「WREP」発の企画「MURDER GP」を応援するブログです(#MURDERGP)



SIMON JAP a.k.a. KAMIKAZ
Profile(一部抜粋および改変)
 1980年、横浜で初心声を上げる。本名は初田 和司(はつだ かずし)。2歳の頃に世田谷に引っ越し、母子家庭として育つ。最終学歴は高校中退。兄の影響で中学の頃からヒップホップを聴き出し、ギリシャ人である祖父に名付けて貰ったSIMONという名前に、日本人であるという意味も込めJAPを付けてSIMON JAPとして15歳ごろからラップを始める(※JAPは自身のグループである“JUSTY ACE” PROJECTの頭文字を取ったものでもある)。
 1998年には西多摩地区地元のGRACE,DJ HIROTOと共にJUSTY ACEを結成し、その存在感をヒップホップシーンに積極的にアピールして行く。2002年にはその才能を日本語ラップの開拓者であるキングギドラのリーダー K-DUB SHINEに認められ、俳優 窪塚 洋介 主演、薗田 堅次 監督による映画『凶器の桜』のサウンドトラックに「リベンジ」「ジャッカル」共にJA飛龍 feat.PROJECT雷電(神風サイモンKAZ)名義で参加。更に同年、幼児虐待防止をテーマにヒップホップアーティストが多数参加したオムニバスアルバム『CHANGE THE GAME』に参加を果たす。
 10代の頃はバイトを転々としながら音楽活動を続けるも、20代の頃から非合法に手を染め、2008年に投獄。2011年に出所し活動を再開する。平日は鳶職の見習いとして働きながら、週末はレコーディングやライブ、フリースタイルバトルなどにも積極的に出場し、同年フジテレビで放送された「神々の勲章」ZEEBRAが選ぶラッパーオーディションで優勝。
 自身の源点に帰り、新たに生まれ変わったSIMON JAP 別名KAMIKAZは、ヒップホップの持つ本物が内から迸る何があっても最後まで決して諦めない不撓不屈の精神と無限の可能性や、とてつもなく積極的なエネルギーを放射し影響し続ける、これから先の日本のヒップホップシーンを背負って立つ存在として欠かせない一人である。
 2015年、音楽ビジネスとしての活動を無期限で休止すると発表し、一旦の充電期間を設ける。2016年、フリースタイルダンジョンのゲスト審査員としての出演を期に、年末にはフリースタイルダンジョン口迫歌合戦への参戦を果たし、音楽活動再開の気炎を上げた。

AMEBREAK INTERVIEW

DJ OASIS "Change The Game" feat. A.B.P. & U.B.G.


SIMON JAP - TOKYO BOY Feat.Zeebra(Pro Fourd Nkay )


GOLD RUSH 7.5 / 363 with SIMON JAP feat. 炎上BOYZ