8月30日

 

 今日も朝から地元の奉仕に出かける。ここグアテマラは都会と田舎での網羅率の違いが大きく、この辺りは1週間程度の網羅率らしい。区域カード持たずに記録もすることなく奉仕しているので、そのことを尋ねると頻繁に奉仕しているので、家の方のことはよくわかっているとのこと。

  ところで仮名ジョフィスと奉仕している中で彼女の両親が別居していることがわかる。彼女の両親は彼女が若い頃からお父さんの女性問題で難しい問題を抱えるようになったという。お父さんは長老であったが排斥、その後、復帰するものの同居には至らず、お父さんとはずっと別居で会衆も違うらしい。お父さんは、他の人に聞くと評判がいいのであるが、ジョフィスに言わせると外面がいいとのこと。なんとも言えない。

 それはさておき、ここの奉仕者は野外でもとにかく聖書を開いて証言しているし、日本のようにすぐに断られたりしない。1週間に一度の網羅率でも、聖書を開いて話できる。でもどうも再訪問しているような感じがしない。1週間に一度であるから再訪問しても同時に普通の家から家の区域になってしまいそうである。記録もとっている感じがしないので自分で再訪問行きたい家も他の人には口頭で伝えるしかない。これほど頻繁になると、逆に来なくなると寂しくなるレヴェルか?区域カード見ながら奉仕するわけでもなく、拒否も全部把握しているということか。そもそも拒否宅はないのか。

  もう一つ興味深いのはキチェ語会衆、はっきり言って必要の大きな会衆と言える。会衆内にネイティブは1人しかいない。つまりこの会衆にいる成員はほぼキチェ族を助けるために奉仕していると言える。なのに開拓者でも長老でも僕でもない人がここで奉仕している。もちろん批判しているわけではない。日本では普通 外国語会衆なり必要の大きな会衆に出かけていくのはほぼ開拓者であるし、そうでない一般伝道者が他の会衆を助けるために出かけるというのはあまり聞かない。その意味でもカルチャーショックを良い意味で受ける。