医療事務の仕事をしていると、一番腹が立つ瞬間は、塵芥に等しい患者と会話する事だと個人的に思っている。当然、患者全てがそうでは無いのだが、当院では4割を占めている。塵芥が。その時点で、その“瞬間”は合計すれば1日に2~3時間にはなるわけだ。非常に苦痛を感じる仕事である。患者が救われる事はあっても、こちらが救われる事はない。現在の手取りを失う覚悟が無いと辞めようという気にならない。

 

 この仕事をやっていて、楽しいというわけでもないが、心から笑顔になれる瞬間もある。それは年に何度も訪れるわけではない。

 

 「患者が死んだ」と、警察から連絡が入った時だ。当然、筆者が塵芥と思っている患者の事だ。数十人、数百人といる塵芥の内の1つではあるが、非常に嬉しい。今後、この塵芥が増える事だって当然予想されるわけだが、それでも嬉しい。

 

 警察から電話が来るという事は、医療機関でどのような治療を行っていたかを知りたいという事で、それは死因が外傷ではないという事。更に言えば、誰も手を下すことなく、塵芥に触れて手が汚れる事なく、勝手に死んでくれたという事。皆が幸せになれる報せである。

 

 人が死んで、ここまで本気で喜ぶ事ができる自分が嫌になるのも正直な気持ちではあるが、それでも、世界が平和に一歩でも近づくのが嬉しい。筆者個人の五感で感じる事ができる小さな世界ではあるが、不要な物は消え去ればいい。

 

 可能ならば、もっと早く死んで欲しいものだ。

非常に身勝手な話をする。

 

先日まで旅行に行っていた。山口県山口市内で宿泊し、10時にチェックアウト。そして兵庫県の城崎に16時に到着する予定だった。300km以上の道のりではあるが、高速道路をただ走り続ければ多少遅れるが旅館に迷惑を掛ける事の無い時刻には到着する筈だった(勿論、途中で休憩は摂るが)。

 

しかし、高速道路を順調に走っていた時に事故が起きた。凡そ10台先のハイエースだ。確かに、雨も少しは降っていた。路面も滑りやすかったのだろう。何が有ったかは知らないし知りたいとも思わないが、見事に転倒して2車線の道を塞いでいた。そのおかげで、約2時間は足止めを食らった。直前のパーキングエリアで小便を済ませていたから、まだマシだったものの、そうでなければどうなっていたか。それでなくとも、城崎のチェックインには遅れ、街灯もまともにない田舎道を暗い中車で走るのがどれだけ精神的にキたか。思い出すだけで腹が立つ。

 

正直に言って、この運転手が生きているのなら(生きていたし重傷でもなかったけど)、後続の車に罰金を払え。迷惑を被ったわけだから。鉄道で故意に遅延させたりした場合は賠償金を請求させられる事も在るのだろう? それならば我々被害者は請求する権利があると思うのだが。

 

それが認められないのなら、事故を引き起こした人物が重傷、もしくは死傷でもしていないと納得ができない。筆者は本気でそう思っている。

 

馬鹿なドライバーは減らさないと。

 

男が好む女性のタイプは、顔が良くてスタイルが良くて性格も良ければこの上ない。女が好む男性のタイプも同じだ。違わない。

 

もう一つ、条件を加えるのならば、間違いなく経済力だろう。“金”である。いや、寧ろ金に重きを置いていると思う。世間体が有る以上、誰もハッキリとは言えないが。

 

昔から言われている喩えだが、男は女のATMだ。女自身の貯金を崩す事の無いATMだ。昔の夫婦は男が稼いで女が家に入って家事をするという図式が当然だった。今では少ないと思うが。ただ、その考えは、今でも悪しき習慣として遺っている。今の時代にそぐわない考えだと知っていても、男は愛される為に金を稼ぐし、女は金を持っている男に愛情を注ぐ。本気でも嘘でも。

 

また、働かない女と生活を共にしようという男も少ない。今の時代に男に寄生しようとする常識の無い女を相手にしたくないからだ。男女関係なく、金を稼いだ事のある人間は金の大切さを知っている。だからこそ、金を稼ごうとしない人間が許せないのかもしれない。ニートを馬鹿にしたりゴミを見るような目で見るのもその為だ。

 

最近は結婚しない若者が増えていると聞く。「自分の経済力では結婚は無理」とか、「自由な時間が無くなる」というのが理由の大半を占めているらしい。“時は金なり”という言葉があるように、時は金で、金は愛なら、時も愛と同価値なのだろう。選ぶのは当人達の勝手だ。

 

筆者は愛よりも金や時間の方が大事なのだが。