大人になってその現場から離れると、いかに小さな世界でその問題が起こっているかがわかる。
たぶんそこに気づくことができれば逃げ道なんていくらでもあるのに、気づけないから追い込まれる。
耐えて耐えて、ボロボロになるまで頑張る価値なんてその場所にもそんな人とにも何もないのに、そこで疑うのは自分の価値になったりして。
私はいじめられたことはないけど、今思えば部活で結構追い込まれてたんだなーと思う。
「あの車引いてくれないかな」とか毎日思ってた。
今日が終るとホッとしてすぐ、明日が始まってしまうと憂鬱になった。
辛い。部活行きたくない。でもやめられない。
今思えば頑張って耐えてやった部活はいい思いでで、頑張って続けてたことは良かったと思えるけど、なぜそんなにやめられないと思っていたのかと不思議に思う。
やめられないことなんてないのに。
引いて見ると、最悪の答えを出す前に逃げ道なんていくらでもあることが見える。
いじめに加担してる方も、引いて見れば自分がしてることの愚かさがわかるはず。
世の中ではそれは悪いことだと言われているのに、
狭い世界では多数が悪者になって正義ぶっっていられる。
自分もいじめられるかも
よっぽど気が狂ってないヤツ意外はそう思って加担しちゃう。
凛として悪いことを悪いと言える人が少しでもいれば流れは変えられる気がするんだけど。狂ったヤツを少数派にすればいいのに。
それは凄く勇気がいるように思えるかも知れないけど、引いて見るとそう難しく思えない。
だって好きでそうしてる訳じゃないし、罪悪感あるし、くだらないし、愚かだし、最悪なことしてるって気づくから。そういうことしてる人間は好きじゃないって自分の道徳心に背くことに気づく。
引いて見れればそれを行動に移せると思うんだけどなぁ。
どちらも狭い世界で起こっていることが全てだと思わずに。
とはいえ当事者真っ只中だと難しいのかも知れない。
だから引いてみれる周りの人は中に入って助けてあげればいい。
