今日の部屋は、孤独感に満ちていました。


味方がいない…


ヤバイ、完全に拘束されている。


質問も聞き取れない…緊張している。


いつもの自分とは確実に違っている。


他の人が羨ましくなった。


でも、自分で決めたこと。貫くしかない。
「大切な人のために頑張る、同じ思いはさせたくない」だから、頑張れるのかも。


また来ることになった…


楽になりたい…



とうとう、最終回が近づいてまいりました。


こんなことで…何で私だけ…使命だからしかたがない…納得できなかったり、納得したり.…
気持ちが定まらないでいた…
薬がないと寝られない日が続き…



けど、そうこうしている内に明日、ほぼ決まる。


かばうことができて良かった。


もしこれを見てくれている仲間に…


何ごともなく良かったと言える。
大切な人にも報告できる。

ただ1人許せない人がいるが…

近いうちに決着がつくだろう。


いってきます!
もしよかったら「いってらっしゃい!」下さい。






何かあるとここに来ます…いつもありがとうございます…感謝  照干一隅
照干一隅…「家庭や職場など、自分自身が置かれたその場所で、精一杯努力し、明るく光り輝くことのできる人こそ、何物にも変えがたい貴い国の宝である。」ということです。

今の職場…


一人ひとりがそれぞれの持ち場で全力を尽くすことによって、社会全体が明るく照らされていく。



自分のためばかりではなく、人の幸せ、人類みんなの幸せ求めていこう。


「人の心の痛みがわかる人」「人の喜びが素直に喜べる人」「人に対して優しさや思いやりがもてる心豊かな人」こそ国の宝である。
というこであるのかなぁ…


最近のモヤモヤが少し晴れたような、晴れないような…








この二日間8畳ほどの部屋で、14年前と逆の立場で「かばう」とは何かを考えさせられています。



身近な人には、「気の毒な人もしくは人が良すぎる」とこの頃言われ続けている。かばうとは何か…正義なのか…



14年前、ある青年に「人をかばうことで、正義を貫いた気でいるのか?」と言ったことがある、その言葉がこの二日間脳裏から離れない。まさに今、その青年の立場にいる。


自分が犠牲になることで、周りの人に迷惑がかからないなら、罪を受け入れる。と青年もそう思っていただろう。


自分も思ってしまった。


その中に自分の大切な人がいるのなら躊躇しないであろうと。


その感情を当時私は、受け入れることができなかった。


しかし、今、素直に受け入れることができる


本当にこれでいいのか?


あと2回ほどこの状態があるらしい。
苦しい…けど大切な人を守りたい…14年前より弱くなってしまっている。