340P~350Pにかけて、まるで自分のことを書かれているようだった。

僕には主体性がない。

いつだって優しい。。

いや、優しいは優れていることか…

なら僕は違うな。


といった具合に自分に対する『自嘲』と『否定』がいつまでも付き纏う。憑き纏う。


これが、自分の意思を持たないことにつながるのだろう。

俺なんかが、、、、

という気持ちが

主体性を持たせない、、

誰かに合わせる、、

ことに繋がっているんだと得心がいった。


俺は自分に対して、自分という存在に対して、

罪、、悪、、・・・・?、、を感じているのかもしれない。



・・・どうしてだろう。

何がそんなに自分を責めたてるのだろうか。。。。。


いま、脳裏を掠めたのは小学生ときのイジメだ。

藤原に苛められていたことを思い出した。

理由はもう覚えていない。

あるいは理由はなかったのかもしれない。

だけど、僕は藤原に苛められていた。

その記憶が一番に思い出された。


ああ、、そうか。

俺は存在を認めて欲しかったんだ。

次に思い出したのが、公園で野球をしたとき、

俺は怒って周りにバッドで暴力をふるった時だった。

周りに誰もいなくなった。

めちゃくちゃをして、周りに誰もいなくなって、公園で1人、大の字で横たわって空を見上げた時に思ったんだ。

蛮行をすると、周りには誰もいなくなるんだって。

9歳の俺はそう思ったんだ。


それからだと思う。

俺は自分を出さなくなった。

出したら周りから人がいなくなるんだと思ったから、、、だろうか。

苛められたくないからだろうか。。

いま、思えば、藤原に苛められていたのはそれ以降だと思う。


アイツは、俺が我慢していることが我慢ならなかったのかもしれない。

そう思うと、めっちゃいいやつに思えてきた(笑)



結論は、素直に生きてもいいかもしれない。誰に迷惑をかけるのでもないのであれば。

そして、これからの課題は、迷惑を掛けることを恐れない。うーん、上手く言えないなぁ。。

親友を作るってことかな。