今日、高校の同級生が亡くなりました。
その子とは、一ヶ月前に偶然カラオケで会って、一緒に笑い合っていました。
先週には、地元で花見をしていたら姿を見かけました。特に言葉を交わすわけではないけど、軽く会釈をして、別れました。
それだけ身近な人が突然亡くなって、悲しくて悔しくて、でも、まだ頭が混乱していて、信じきれていません。
私の友人は、彼が亡くなる前日に電話で遊ぶ約束をしていたそうです。でもちょうど彼の都合が悪く、ゴールデンウィークに遊ぶことにしたそうです。
それから一日も経たない内に、彼が亡くなったことを知りました。
悪い冗談だって思いたかった。
でも、ニュースを見たら、嫌でも実感しました。
交通事故でした。
大破した車が映っていました。
乗っていた4人の内、2人が死亡。
あとの2人は頭蓋骨を折る重症。
このニュースはテレビでの放映の他、モバゲーなどのSNSにも載せられています。
それに対して、多くのコメントがありました。
でも、そのコメントはどれも事故を誹謗するものばかり。
運転手(彼が運転手でした)を批判したり、車が突っ込んだ街路樹の心配をするといった、本当に見るに耐えない内容。
そういったコメントに対して、彼と同じクラスだった子が、反発していました。
そんなことをしても意味ないってわかってます。逆に事を荒げてしまうってことも。わかってたけど、その子を応援する自分がいました。
コメントにもあったのですが、車の壊れ方を見た限り、彼がスピードを出しすぎていたことは明白です。
周囲の人を巻き込まなかっただけよかったというのは、確かに正論かもしれません。(事故の発生時刻が早朝だったのもあります)
私だって、もし、その事故を赤の他人の立場で知ったとしたら、誹謗中傷する側にいたかもしれません。
言葉にはしないとしても、どこか軽蔑の気持ちは持つかもしれません。
でも、自分の身近な人が、つい最近顔を合わせた人が亡くなったことに対して、「調子に乗るからだ」とか「死んで当然」といったことを言われて、憤らないはずがありません。
腹が立つし、悲しいです。
誹謗中傷する人を言い負かして、その人たちに発言を撤回させて、目の前で土下座させてやりたいくらいです。
でも、そんなことをしたところで、彼は戻ってきません。
私が免許証を発行しに免許センターへ行ったとき、彼も一緒でした。一緒に合格を喜び合いました。
免許証を発行するとき、たくさんの人がいました。そのときの私は、「これだけの初心運転者がいるのだから、春先に事故が多発するのもうなずける」と考えていました。
その後、交通事故で家族を失った方の手記を読む講義では、欠伸をしていました。
何てことをしていたんだろう。
交通事故という言葉自体、自分には無縁のものだと思っていたんです。
それとは裏腹に、今、本当に涙が止まりません。
先週会ったときに立ち話をしていたら、もしかしたら事故は起きなかったかもしれない。因果応報というけど、私が何かしら行動を起こしていれば、未来が変わったかもしれないって。
こんなことを考えても仕方ないのに、どうしても考えてしまいます。
人が亡くなるのは突然です。
以前、兄が交通事故に遭って怪我をしたことを記事に書きました。幸い、兄は軽傷で済みましたが、そうでなかったらと考えると、頭がおかしくなりそうです。
今、車に乗るのがすごく恐いです。
車なんか見たくないし、免許証だって破り捨てたいです。
なんだか、わけのわからない記事になりました。気分のよくなるものでないとわかってはいても、書かずにはいられなくて。
思ったこと、書きたいことがありすぎて、でも頭が混乱しているせいか、まとめられません。