こんにちは!!

 

ドイツの鉱石屋さん

Heiligen Crystal

(ハイリゲンクリスタル)

 

ミュンヘン在住の

クリスタル・星読み身体コンサルタントの

度会 恵美子 (わたらい えみこ)です

 


今、世の中には星の数ほど、様々な健康法がもてはやされる時代になりましたが、

星を読みあなただけに合った健康法を導き出し、アドバイスを行っています

 

シンガポール在住時代から10年以上学んだ代替医療を使い

あなたに合う鉱石を導き出し、

クリスタルと共に宇宙時代を地球で楽しむ方法もお伝えしています!

 


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11月11日

今日も朝から車をぶっ飛ばして

またまた魔女狩りが

酷かった街に行ってきました

 



今回の場所は

バイエルン州にあるアイヒシュタット

ミュンヘンからは車で1時間ちょっと

私としては随分と気軽に行ける距離です

 

 

朝から用事のあった旦那を街中まで

連れていって

そのままアウトバーンに乗って

渋滞もなくすんなりと街中に到着

 

ここアイヒシュタットに

ローマ帝国の教区が設置されたのは741年

なのでかなり古くからの街なのです

そんなカソリックの街ですが規模は結構小さめ

 



今回どうしても行きたかった場所は

多くの人が魔女として処刑された場所

 

前回のバンベルクは魔女関連の場所は

全部街の中心地だったので

すんなり行けたんですが

 

今回の場所は家もない

だだっ広い丘の上

車を修道院の近くの駐車場に停めて

歩いていくと

めちゃ山道。。。💦



Googlemapでシュミレーションをすると

10分くらいだったのに

歩けど歩けどつかない😱

だだっ広いあたり一面

牧場のような場所に出ても

記念碑がなかなか見つからない💧

 

どんよりとした冬の天気なので

足元の露も凄くて

すぐに靴はびしょ濡れ😭

 

でもせっかくここまできたからには

どうしても諦めたくなくて

迷子にならないかとドキドキしながら

必死で歩き回りやっとのことで発見!

 




何もない

 

これじゃ誰も来ないわ・・・

 

 

犠牲になった人々が天に帰って行けるように

感謝の祈りを捧げて

 

無事に終了すると

また街中に戻って

今度はサンクトバルベルク教会と修道院









こちらは魔女裁判があった場所

 

この場所には実は

春の魔女のお祭りとなっている

ヴァルプルギスの夜のお話の

元になった聖女である

聖ワルプルガが眠っています

 

wikipediaより

ヴァルプルギスという名称は、

聖ヴァルプルギスの夜の省略形で

8世紀のフランク王国の

女子修道院長の名に由来し

祝いは4月30日の夜から5月1日に続く。

この祝日は聖ワルプルガ列聖と、

アイヒシュタットへの聖遺物

移送を記念したもの
聖ワルプルガは民衆の

キリスト教への改宗に成功し

ドイツのキリスト教では、

ペスト狂犬病百日咳・および

魔女魔術への戦いとして信仰され

キリスト教徒は聖ワルプルガを

介して神に祈ることで

魔女からの守護を得るとされる
(中略)

また、ヴァルプルギスの夜はキリスト教以前の

ゲルマンやケルトの民間信仰や

伝統的な春祭りと結びついている

北欧や中欧では、古代より5月を祝う祭り、

メイフェアが広く親しまれており、

一説ではヴァルプルギスの夜は

ケルト人のベルティンも関連があるともいわれる

 





この内容を読んだときに

アイヒシュタットとは

キリスト教とケルト文化が

入り混じっていたと感じました

つまり、ローマカソリック側から見ると

異端的だったということ

 

この聖ワルプルガは多くの人を

病気や怪我から救ったので聖人扱いなのにね

 

17世紀という

宗教改革の嵐が吹き荒れた

時代だったからこそ

カトリック教会は躍起になって

見せしめのように捕まえていったのでしょう

 

善か悪かしかない二元論の世界では

カソリックの教義からから少しでも外れると

異端にする口実になったのでしょう

そして拷問に次ぐ拷問で

とにかく辛さから逃れるために

犠牲者は、次々に関係のない人の名前を

挙げさせられたのでしょう

 

日本人は魔女狩りの犠牲となった

過去生を持つ人が多いとも言われますが

これは極端な二元論のせいで

魔女として弾圧され犠牲になったことから

どっちでもなんでも

まるーく受け入れられる日本人を

選んで生まれてきていると思えてなりません

 

私たち日本人こそが

どっちでも、なんでも

丸っと全部いいじゃん!と

言える人種でありたい

 

それがきっと新しい時代の始まりに

世界が必要としている

考え方なのかもしれません