こんにちは!!
ドイツの鉱石屋さん
Heiligen Crystal
(ハイリゲンクリスタル)
ミュンヘン在住の
クリスタル・星読み身体コンサルタントの
度会 恵美子 (わたらい えみこ)です
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毎日段々と日照時間が短くなってきています
冬至が近くなると午後4時を過ぎると
夕方のような空模様になり
一気に暗くなっていきます
今日は旦那のセーターが子供達の洗濯物に
何故か混ざり込んでいたのに気がつかず
40度のお湯で洗濯して、見事に縮みました![]()
大急ぎでインゴルシュタットのアウトレットまで
同じものを探しに行ってきましたが
帰り道は既に日が暮れていて暗かったです![]()
さて
「朔旦冬至」という言葉を知っていますか?
私は今日まで知りませんでした
朔とは新しいこと、つまり新月のこと
明治時代までは日本は
太陽太陰暦を使っていましたから
毎月の1日が新月だったわけです
この新月と冬至の日が重なる年というのが
19年と7ヶ月という
周期で発生するらしいのです
この日の事を朔旦冬至と呼ぶそうです
天文学がお好きな方ならば
この19年と7ヶ月という数字で
メトン周期を思い出される方も
いるかもしれません
太陽太陰暦では
19年の間に7回の閏月を入れることで
宇宙の周期との調整を
していたそうなんですね〜
昔の人はすごい!
これがマヤ暦の13の月にも関係しますね!
この調整法は紀元前には既に分かっていた様で
ギリシャの海域で発見された
アンティキテラの歯車では
この計算が機械に組み込まれていました
さて、話を戻しますが
実はこの19年と7ヶ月ごとに
新月と冬至が重なる日というのが
実は伊勢神宮の遷宮の始まりだったのでは?
という説があるのです
伊勢の遷宮を最初に行った方は
持統天皇だったそうなんですね
つまり本来の遷宮とは
この朔旦冬至に合わせて
行われていたかもしれないということ
実際、その当時は今の20年ごとではなく
19年ごとに遷宮が行われていたそうです
今の20年ごとに遷宮がされるようになった
きっかけはどうも応仁の乱のようで
遷宮が100年ほどストップし
その後江戸時代になってから20年毎に
切り替わった様なんですね
つまり本来の遷宮とは
冬至の日と新月が重なる年に
行われていたもの(かも?)
そして、この冬至の日なんですが
旧暦では11月1日が
冬至にあたる日だった様なんですよ
11月1日とはケルトの新年である
サウィン祭のお祝いの日
古代のケルト世界でも
実はこの太陽の復活の日である
冬至をとても大切にしていたことが
分かっています
つまりは古代ケルトも太陽太陰暦を
使っていたとうことが推測できます
だから、今もこの日は
サウィン祭としてお祭りされている訳です
なんで11月1日なのかが謎だったのですが
これでやっと繋がりました!
現代のグレゴリオ暦のカレンダーだけでは
絶対に気がつかない秘密を
旧暦を日常に復活させることで
再発見していくことが出来る
時代になってきましたね!
このように考えていくと
大昔は世界中で同じカレンダーを
使っていたってことなのでしょう
ケルトのサウィン祭の日は
本来は旧暦の冬至のお祭りで
朔旦冬至=伊勢神宮の遷宮(かも?)
って考えるとすっごい壮大なお話ですね!
前回の朔旦冬至は2014年
次の朔旦冬至は2033年だそうです
やっぱ太陽が復活する冬至って
とっても大切な意味が
あったんだろうな〜と推測できますよね!




