日給5万円稼ぐむねおのブログ

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副業でネットビジネスをしながらサラリーマンをやっています。

普通なら「サラリーマンをしながら副業でネットビジネスをしている」という表現の方が適切なんですが、ネットビジネスの方がやってて楽しいのでこのような表現になってしまいました。笑

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どうもはじめまして。




社会人一年目、23歳のアフィリエイターむねおです。




まずは自己紹介も兼ねて、少し僕のことについて書いていきます。




1990年、一般家庭で男三人兄弟の次男として生まれました。






両親いわく、結構変わり者だったそうです。




今でもよく変わってると言われますが。苦笑




とにかく何でも自分でしたがる子供だったみたいです。






例えば、


味噌汁をこぼしてもなお、自分で飲もうとしたり、


自分の倍以上も大きい犬の散歩に一人で行こうとしたり・・・。




記憶にないので、幼稚園に入園する前の話だと思います。






自分がこぼした味噌汁を隠そうとしたのか、素手で自分の周りから遠ざけたりしてたみたいです。




明らかにバレバレですけどね。笑






あとは、靴下が嫌いだったので、真冬でも毎日素足にサンダルでした。




上はダウンジャケットを羽織っているのに、足元はサンダルという、なんとも奇妙な格好をしてました。笑




裏の滑り止め部分がなくなるまで同じサンダルを履き続けて、


その結果、階段で足を滑らし、救急車で病院に運ばれることもありましたね。苦笑




階段から落ちるという経験をしたにもかかわらず、やっぱり今でも靴下は苦手で、できるだけ履かないように生活しています。




人より足のサイズが小さいからか、靴下の先が余ってしまってゴワゴワするから気持ち悪いんですよね。




わかってくれる人いるんですかね?笑




自分の足に合う靴下を探すのも大変です。




幼稚園に入ったときは、かなりのわんぱく坊主で、よく先生を困らせてました。




この頃から記憶はあるので、もう少し詳しく、面白い話(自分でハードルをあげてみる。笑)をしていこうと思います。




僕は、幼稚園に入園する前ぐらいから、少林寺拳法というものをやっていて、喧嘩は強かったんです。




ただ、少林寺拳法というのは、






「先に手を出すのは、弱い者のするであり、


本当に強い者は、自分の身を守ることしかしない」




という教えの護身術なんです。




(確かこんな感じの教えだったと思います。


中学校に入るときに辞めてしまって、記憶が曖昧のなので、間違ってたらごめんなさい。)




そのころの僕は、完全に先に手を出していましたけどね。笑




喧嘩が強いので、偉そうに、幼稚園の番長みたいに振舞っていました。






幼稚園時代というのは、僕が(精神的にも)最強だった時代ですね。笑




その頃は、自分ならなんでもできると思ってましたよ。




事実、「幼稚園からの脱走」という、先生たちを大騒ぎさせる事件を起こしてしまったわけですから。




ある晴れた日の午後の話です。




みんなで仲良く幼稚園のグラウンドで遊んでいる時に、僕はホームシックになりました。




どれだけ威張っていても所詮は子供です。




家が恋しくなることもあります。




門って基本的に、鉄格子みたいに隙間が空いてますよね?






僕は小柄だったので、先生の目を盗み、門の隙間をすり抜けて、

見事に幼稚園から出ることに成功しました。




家から幼稚園までは、一本道だったので、迷うことなく家にたどり着きました。




しかし僕は家の鍵を持っていません。




とりあえずインターホンを鳴らすと、おばあちゃんが出てきました。




「幼稚園終わったんか?」




と聞かれ、終わってないと答えれば、確実に幼稚園に連行されるので、もちろん




「うん。終わった。」




と答えたら、あっさりと家に入れてもらえました。




おばあちゃん騙してごめんなさい・・・。




脱走成功です。




・・・・・・。




しかし、一旦は成功しましたが、現実はそんなにうまくいくこともなく、幼稚園に僕がいないことに気づいた先生が、慌てて僕の母に連絡を取り、数分後に、あえなく幼稚園に連行されることになりました。笑






残念ながらそれからは、先生の僕に対するマークが尋常ではなくなり、脱走を試みるたびに、見つかっては連れ戻されることになってしまいましたが。






加えて、僕は結構シャイだったので、人の前に立って何かをするというのが極端に苦手で、大嫌いでした。




お遊戯会をするとなったら、トイレに隠れたりしてましたから。






僕だけの隠れポイントがいくつかあったんで、いつも10分ぐらいは稼げるんですが、結局最後には見つかってしまいます・・・。






まぁ見つかって呼び戻されたところで、踊ることなく地べたに座り込んでしまうので、一緒なんですが。






これは親が撮ったビデオがあったので、映像として残ってます。




ど真ん中で座り込んでたので、逆にめちゃくちゃ目立ってました。笑




しかし、人見知りな性格だったので小学校に入学してからは、おとなしい子になりました。




小学生といえば、「足が速い・ドッヂボールが強い」この二つが揃っていれば、モテモテです。






残念ながら僕は、足は普通、ドッヂボールは避けるのだけは得意、というなんとも微妙な立ち位置でした。




なので当然モテる訳もなく、小学校時代を過ごしていました。






後に同窓会で、小学校時代に僕が、密かにいろんな人から好意を持たれていたという事実を知って相当なショックを受けることになるんですが、それはまた別の話・・・。


あの頃の僕に今ぐらいのスキルがあれば良かったんですが。涙




走るのは普通だったんですが、親が少しだけ裕福だったため、学習塾に通うことができ、成績は良かったです。




運動神経はどうにもならなくても、勉強は頑張れば頑張るだけできるようになりますからね。




さらに、小学校の体育の時間に、走り高跳びで、驚異的な跳躍力があることが発覚して、中学校は陸上部のある私立中学を目指すことになりました。






言っときますけど、ボールを投げたり、キャッチするのが苦手なだけで、そんなに運動神経は悪くないんですよ。(必死)






第二志望の学校ではありましたが、見事試験に合格し、念願かなって陸上部に入ることができました。






しかし、陸上部に入部したことで、幼稚園の脱走事件以上に現実の厳しさに直面することとなったのです。




「僕は走り高跳びがやりたくて陸上部に入部しました!」






入部初日、顧問の先生と先輩たちに自分のやりたい競技を伝え、簡単に自己紹介をしました。




数週間後・・・・




顧問の先生に連れてこられたのは校舎の屋上です。






走り高跳びは、身長が高いほうが有利ということから、一年生で一番背の高い子も僕と一緒にやることになりました。




「じゃあ、準備するぞ」






やっと高跳びができる!と心を躍らせていた僕ですが、その胸の高まりは、準備を進める内にどんどん消えていきました・・・。






走り高跳びで、最も高く跳ぶ跳び方は、「背面跳び」です。






背面跳びというのは、踏切と同時に体をひねり、バーに対して背を向け、体を反らして、頭からマットに着地する。




という跳び方です。






(僕の画力では表現できませんし、言葉でも説明しにくいので、詳しく知りたい方はグーグル先生に聞いてください。笑)




頭から着地するわけですから、当然ふかふかのマットが必要です。




めちゃくちゃ柔らかかったです。




厚さ50センチぐらいありましたよ。






そんなマットを二枚使います。




二枚のマットを取り出すのに30分かかりました。




倉庫の入口が狭いので、でかいマットを出すのに時間がかかるんですよね。




人数がいれば、もっと早くできるんですが、何分、二人での作業でしたから。




(なんで先生は手伝ってくれなかったんだ!笑)




マットを出せば、あとはそこまで大きいものはないので、すぐに終わりました。




そんな準備の終了と同時に僕の絶望が訪れることになったんですが・・・。




なんと、バーが「くの字」に折れていたのです。




しかもバーは、折れてしまったそのバー一本のみ。




バーが「くの字」に折れている、って事は


120cmに設定しても、真ん中は90cmぐらいにしかならないのです。




でも、端だけは120cm・・・。




端を跳ぶか、真ん中を跳ぶかで全然違ってきます。




はっきり言って全然練習になりません。笑






新しいバーを買おうにも、部員二人のために20万近くするバーを買うわけにもいかず、結局、折れたバーのまま練習をする羽目になったのです。




その日から、僕が練習に行く回数は激減しました。




もともと、高跳びをするために入った部活で、高飛びができなかったわけですから練習に行かなくなるのも当然です。




でも、真っ直ぐなバーを跳べるので、試合にはちゃんと行きました。笑




背面跳びの練習は、試合当日のウォーミングアップの時間のみです。






しかし、たったそれだけしか練習していないのもかかわらず、奇跡が起きました。




市の大会で優勝したのです。




確か記録は、145cmだったと思います。






競技人口が少ないのもありますが、まともな練習をしていないのに、市の大会で優勝するという謎の成績を残したため、変に自信をつけてしまい、更に練習に行かなくなりました。






高跳びの方がやりたいのに、走る練習ばっかりさせられるのですから当然です。






正直、走るのはどっちかというと嫌いでしたから。笑






そのままほとんど練習にいかず、二年生になった時に、退部届けを提出して、僕の陸上部人生は終わりを告げました。




中学生といえば、僕にとって、もうひとつ大きな事件がありました。






高跳び最高記録更新事件です。




「高跳び」というフレーズが入っているので、陸上部関係かと勘違いされるかもしれませんが、全然関係ありません。笑






その事件は、下校途中におきました。






当時仲の良かった友人Aと二人で帰っていた時のことです。




バス停に、ほかの友人Bを見つけ、僕たちは歩み寄りました。




バスを待つ友人Bと


「今日も部活サボったのかよ!」


なんて雑談をしていると、バスが到着したので、僕たちは友人Bに別れを告げました。




※僕が通っていた中学校は、駅から徒歩20分(中学生だと30分かかることも)あるので、駅までバスに乗っていく子もいます。




僕たちは、買い食いをしたり、寄り道をしたりしながら駅まで歩いて帰るのが日課だったので、バスは利用しませんでした。




友人Bと別れを告げた僕たちは、反対側の歩道に戻るため、横断歩道を渡ろうと、バスの後ろから飛び出しました。






「今だ!」










キキーーーーー!






どかーーーーーん!!




当時はまっていた格闘ゲームのキャラクターモノマネをしながら(笑)バスの後ろから飛び出した僕は、見事に自動車に跳ねられました。






残念ながら、脳震盪(のうしんとう:脳が揺れることで気を失い、更に、脳が揺らされる前後の記憶もなくなる)を起こして、はねられた自動車の色・形、はねられた瞬間の感覚は残っていません。




どんな当たり方をしたのか、体は浮いたのか、、それともそのまま倒れたのか、受身を取ったのか、取れなかったのか。




知っているのは、僕の後ろから横断歩道を渡ろうとしていた友人Aだけです。




友人A曰く、上に2m横に5m跳んだらしいです。






これにより、僕は高跳びの最高記録145cmを大幅に更新しました。




ただ、


「公式記録ではない」ということと、「友人Aは普段から話を盛る癖がある」というのが非常に残念ですが。笑




奇跡的に、怪我は両膝の痛みと前歯一本で済みました。






両膝は、100キロのバーベルを担いでスクワットとかしない限り痛みもなく、日常生活には支障はありません。




前歯の方は、差し歯を使ったギャグが、クラスメイトに結構ウケたので、嬉しかったのを覚えています。




事故後、脳に異常がないか、CTスキャンをしました。




その時に両親は医者の先生から、


「脳にカルシウムの塊がある」


なんて言われたらしいです。




僕は中学校入学ぐらいから、毎晩風呂上がりに大量の牛乳を飲んでいたので、本来骨に行くはずのカルシウムが余って、脳に行ったんじゃないかと考えてます。笑




もしかすると、車に跳ねられても骨折しなかったのは、毎日牛乳を飲んでいたからかもしれません。




今まで骨折とかしたことありませんし。


骨折したくなければあなたも毎日牛乳飲みましょうね。笑




そんなこんなで、


高跳び最高記録(非公式)と引き換えに、前歯を一本失った僕は、


その数日後の体育祭を、ドクターストップで見学することになりました。




そして、全員出場の競技の際に、応援席に一人ぽつんと取り残されるという、とてもさみしい思いをしましたとさ・・・。




以上、「高跳び最高記録更新事件」でした。








高校生になってからは、そこまで面白い事件はありませんでしたね。




強いて言えば、


小柄なのにアメリカンフットボール部に入部してしまったってことと、




一人で千羽鶴を2セット作ったってことぐらいでしょうか?笑




ちなみに、小柄っていうのは、アメフト部員にしてはって意味です。




身長も体重も、ちょうど標準でしたから。




なんとなくアメフトが面白そうに見えたんですよね。


誘われたっていうのもありますが。




めっちゃ苦労しましたよ。




筋トレ嫌いだし、痛いのも嫌いだし、体重増やせとか言ってめっちゃご飯食わされるし、でかい奴らに吹っ飛ばされるし。




なにより、一年生の時はボール磨きが嫌で嫌で仕方なかったですね。




日本には、アメフトとラグビーを混同してしまう人がかなり多いので、大きな違いだけいくつか挙げておきましょう。




アメフトは、


・ボールを持っている人が倒されるとプレーが止まる




・プレーが止まるまでに、一度だけ、前にパスができる




・防具はヘルメットとショルダー




・ボールを持っていない人間に体当たりしてもいい




ラグビーは、


・プレーが止まることはない




・前にパスをしてはいけない




・防具はヘッドギアと肩パット




・ボールを持っている人間にしか体当りしてはいけない




これぐらいですね。




詳しく言及すると、もっと違いがありますが、


これぐらい知っていれば十分です。




あ、一つ忘れてました。




アメフトはボールが革で、ラグビーはラバー(ゴム)です。




この革のボールに僕たち一年生は苦しめられるのです。




アメフトのパスは、結構精密性が求められます。




狙いが1mずれてしまえば、簡単に相手にボールを奪われてしまうので。




だから、ゴムよりも手になじむ革の方が良いんです。




あなたも革製品を持っていたらわかると思うんですけど、革って結構デリケートですよね。




水で洗うと劣化してしまいます。


かと言って、洗わないで放っておくと、グラウンドの砂がついて、滑りやすくなってしまいます。




じゃあどうするのか?






唾で磨くんです。




これに慣れるまで、なかなか大変でした。




ボールに唾を「ペッ」って吐いて、素手でゴシゴシ磨くんです。




タオルとか使ってたらタオルと唾がどれだけあっても足りないので素手です。




ついている砂を全部きれいにするまで、終わりません。




これ終わったあと、めちゃくちゃ手が臭くなるんですよね。笑




慣れればそんなに大変な作業ではないんですが、慣れるまでは辛かったです。


何せ唾で何かを磨くなんて経験今までなかったわけですから。




運動能力が高い方でもなかったのと、体が小さかったのと、コーチを嫌ってたのと嫌われていたのとで、ほとんど試合も出してもらえませんでしたけど。




最後の方は、どれだけ嫌われて、試合に出してもらえなくても、意地でも最後まで続けてやるって気持ちでしたね。




意地を貫くことに関しては高校の部活で学べた気がします。




それを貫くことがいいことか悪いことなのかはさて置き。笑




三年間の部活動を通して、劇的に変わったことがひとつだけあります。






それは、


外に出るのが大嫌いになった


ということです。笑




普通、運動部に入っているって聞くと、体を動かすのが好きな体育会系ってイメージがあると思うのですが、僕は真逆です。




友達曰く、ノリは体育会系に近いらしいのですが。苦笑




「頼むから部活以外で無駄な体力を消費させないで」


って感じでした。




学校でも、部活以外ではできる限り外に出ないようにしていましたし、ずっと教室で本読んでました。


アメフト部が教室で本読んでるんですよ。


なんか笑えますよね。笑




アウトドアよりインドア派なんです。




でも、親がよく外に遊びに連れて行ってくれてたおかげで、友達とキャンプに行けば、火をおこしたりとか、釣り竿の仕掛けを作ったりとかできて、案外役に立ちます。




魚触ると手が臭くなるので、自分は一切しないんですけどね。




仕掛けを作ってあげるだけです。笑






もう一つは、授業中に千羽鶴を一人で2セット作った事ですかね。




自慢じゃないですけど、僕は部活やってる割にはかなり成績良かったんですよ。




そのおかげで、大学は指定校推薦で入れることになったんですが。




指定校推薦はかなり早い段階で決まります。




確か、11月ぐらいだったような記憶があります。




アメフトの方も、秋季大会で予選敗退したため、11月ごろに引退になりました。




大学も決まって、部活も引退・・・。




おまけに、早めに卒業が決定したので、もう勉強する必要もないし、遊び放題でした。




ただ、遊び放題といっても、授業中に居眠りしまくって、


「授業態度が悪いから推薦取り消しだ!」


なんて言われると困るので、授業はずっと起きてました。




(起きて授業を聞くのは当然のことなんですけどね。笑)




でも、勉強しなくても、大学は決まってるし、卒業もできるので、やっぱり集中できないんですよ。




そこで、授業中の暇つぶしに、英語の時間に配られたA4のプリントを小さく破って、鶴を作り始めたのが始まりです。




一枚のA4用紙から、80枚の小さな正方形の紙切れが取り出せるんですが、これが結構手頃な大きさで、折りやすいんですよ。




2000羽以上その紙で折ったので、折りやすいのは僕にとってだけかもしれませんが・・・。笑




鶴を折るだけで随分楽しめましたよ。




一羽折るのに、何秒かかるかタイムアタックをしたり、


目をつむって折ったり、


片手だけで折ってみたり、


両手で同時に2羽折ったり、


2羽の羽が繋がるように折ったり、


片手、且つ机を一切使わないで折ったり・・・




いろんな縛りをつけて鶴を折ってました。




片手で、机を使わないっていうのは、要は空中で折るんです。




これ案外難しいんでやってみてください。笑




おすすめは、2センチから3センチの大きさの紙です。






そして、僕の最速タイムは、1羽40秒でした。




なんの自慢にもなりませんが。笑




A4のプリントを貰うたびに、ちょうどいい大きさにちぎっては折り、ちぎっては折りしている間に、いつの間にか2000羽以上できてました。






物理の先生には、


「なにか悩み事でもあるのか?」


って本気で言われましたが。笑






最終的に、完成した2000羽の小さな鶴たちは、卒業式の日に、コンビニ袋に入れて下駄箱へ置いて帰りました。




次にその下駄箱を使う生徒が、


「なんだこの袋?」


と、袋を開ければ、大量の小さな折り鶴が入っている・・・・。




僕なら呪いか何かと勘違いしそうです。笑


それぐらい尋常じゃない量でしたから。




常に鶴を折ってる奴っていうイメージが完全に定着してしまった頃には高校を卒業し、ついに大学生になりました。




大学生活も色々しでかしてしまいましたが、何より自分の価値観が、ある程度形成され始めた時期でもありました。




僕はサークルに入る代わりに、(勧誘してきた先輩に一目惚れし、下心満載で)学園祭の実行委員会に入りました。




一目ぼれした先輩とお近づきになりたくて入ったわけですから、活動内容なんて正直どうでもよかったんです。




でも、大学の学園祭に行ったことがある人ならわかると思うんですけど、学園祭の実行委員ってめっちゃ真面目なんです。




適当な動機で入ってきたなんて知れたら、仲間はずれにされてしまうぐらい・・・。




まぁ僕の他に、活動中の写真が載ってるアルバムを見せられて、


「めっちゃ遊べそう!」


と、勘違いして入ってきた、僕と同じくらいバカな奴らが3人ほどいたので孤立せずに済みましたが。笑




これは正直言ってラッキーでした。




彼らがいなかったら、クソつまらない大学生活を送ることになっていたかもしれませんから。




それに、僕がネットビジネスをしている理由も、彼らとは直接的には関係ありませんが、多少なりとも関わっている部分があるので。




学園祭実行委員って「委員」っていう名前が付いてるせいで、


「真面目で、陰気で、あまり自分の意見を言わない」


なんて思われるかもしれませんが、全然です。




真面目っていうのは、確かにそうなんですが、「学園祭を盛り上げよう!」


っていう目的で集められた人間たちなので、みんなめちゃくちゃ自己主張が強いんです。苦笑




僕もそうでしたが・・・。笑




強い目的を持っている人間って、基本的に自己主張が強いです。




僕の当初の目的は、「一目惚れした先輩とお近づきになる」ことだったので、そこまで強い自己主張はしませんでしたが、




活動しているうちに、


「自分の意見を主張すること」と


「人を笑わせること」


この2つがすごい好きになったんです。






僕の場合の「自分の意見を主張する」っていうのは、


みんなが絶対に正しいって言っていることに対し、


「本当はそうじゃないんじゃないの?」


って意見することです。




これやると結構ウザがられるんです。笑




例えば、


僕たちは毎年、お化け屋敷を無料でやってたんですね?




そのことに対して、


「なんで入場料取らないの?」


と言ったら大ブーイングされました。笑




僕たちのおばけ屋敷、毎年大盛況なんですよ。




2時間待ちとかになるぐらいです。




確か2日間で500人近く来て頂いてたと思います。




一人100円とってみてくださいよ。




500人×100円=5万円


ですよ。




でも彼らは、


「毎年無料で開放してるから、今年も無料にするべきだ」って言い張るんです




いやいやおかしいでしょ。笑




だって5万円の資金があれば、来年はもっとお金をかけていい物が作れるじゃないですか?




で、いい物ができれば、次の年は500円ぐらいとって、25万円ですよ。




流石に学生が作るお化け屋敷に25万円は必要ないですけど、一人500円ぐらいの価値は提供してるはずです。




ここまで言っても彼らは


「毎年無料だから今年も無料にするべきだ!」


って言ってたので、もうそれ以上は言いませんでしたが・・・。


完全に思考停止しているので打つ手なしです。


「バカは論破できない」という言葉を経験をもって知りました。




こっちは学園祭とは関係ないのですが、


サイコロってありますよね?




六面体のサイコロって、それぞれの目が出る確率は6分の1って言われてるじゃないですか?




あれ、実は6分の1じゃないっていう説もあるんです。




目の部分が掘られているサイコロに限っては、「5」の目が一番出やすいと言われています。




目の部分を掘ることによって、跳ね返りの方向が、多少変化し、「5」が出やすくなるんです。




100回や1000回振ったぐらいでは変わりませんが、何十万回、何百万回振れば、本当かどうかわかるかもしれません。




ちなみに、3秒に1回サイコロを振ったとして、10万回で約83時間かかります。




結果をメモにとる時間を考えれば、これの倍ぐらいの時間はかかるでしょう。




ぜひやってみてください。笑




そして、結果がわかったら僕にも教えてください。




できれば僕は、そんな気の遠くなることやりたくないので。笑






何を言いたいのかっていうと、


「世の中で絶対に正しいと言われていることは、もしかしたら間違っているかもしれない」


って疑うことを知ってほしいんです。






他にも僕は、弾いたコインの裏表を操作する方法なども知っています。


(これはインチキ、というか技術ですけど、知らない人が見たら、絶対に気づきません)




「コインで決めたから100%公平」


なんてこともないんです。






「100%正しい事」なんてものは存在しないんですから。


(絶対ないと言い切ってしまうと、自己矛盾してしまうんですが・・・)






もうひとつの、


「人を笑わせること」


に関しては、僕が生きる目標に関係してくることです。




そのことについてはあとでお話しますね。






そして、所謂大学生らしく、授業をサボったり、友達と遊んだりしていた僕が、アフィリエイトと出会ったのは、大学4年生の就職活動真っ只中の時期でした。




働くということに嫌悪感を感じていたのもあり、


バイトとかは一切やってません。




だって冷静に考えてみてください。




時給800円って、分給にすると13円で、秒給にすると0,22円ですよ。




10秒で2円って・・・




馬鹿にしてません?




僕が経営者だったら笑いが止まりませんよ。




なので学生時代の主食は親のすねでした。笑




もちろんバイトやってる子のほうがお金があるので、

遊びに行く頻度なんかは少なめですが、働かない分、

自由な時間をエンジョイしていました。






ただ、日本では額に汗をかいて働くということが美徳とされています。






僕はこういった美徳が日本に広まっているのには2つの原因があると思っています。






まず一つは、




汗をかいて働くこと自体が素晴らしいって意味じゃなくて


家庭のために自分の時間を使ってお金を稼いでくるお父さんを尊敬しなさい


って意味なんじゃないかと。






もう一つはちょっと衝撃的ですが、


「働いている人間は偉い」


という洗脳のため。




この洗脳の目的は、労働者に対し、




あなたがやっていることは素晴らしいことです、褒められたことです


と思い込ませることによって、労働力を確保することです。




やはり支配される側の人間、


労働者がいないと世の中成り立ちませんからね。




言葉は悪いですが、奴隷のようなものです。




友人には「バイトしろよ」と散々言われましたが、


遊んでる時間のほうが、バイトでもらえる給料よりも価値がある


と考えたのでバイトもしませんでした。




そしてバイトすらしたことのない僕にも、ついに就職活動の時期が来ました。




世の中の労働力としてデビュー(笑)する時が近づいてきたのです・・・。




・・・・。




やりたくもないことのために必死に努力する

その時の僕はさぞ滑稽だったでしょう。




諦めにも似た気持ちで就職活動をしていた僕に一筋の光が見えました。




アフィリエイトです。




これなら自分の時間を確保しながら生活できる!


と歓喜しました。




その勢いで教材を購入し、もう就活なんてそっちのけで実践していきます。




もともと就活に意味を感じていなかったのですから当然です。




すぐに結果は出ませんでしたが、そのときは


夢に向かっている感じがとても心地よかったです。




しかし、あまりにも就活を疎かにしてたため、ついに親に注意されました。




そこで、僕は覚悟を決め、全てを親に話しました。




自分が本当にやりたいこと


それを説明すればわかってくれるだろうと。




・就業時間以外でも時間を拘束されるサラリーマンなんてやりたくない!




・機械みたいに毎日同じことをするなんて嫌だ!




・このまま普通の人生を送って死ぬために生まれてきたんじゃない!




・明日も仕事がある


そんな理由で今日一日を休むために使うなんて、


なんかおかしくない?




そんな不自然な生活してるの人間だけだよ!




そりゃあもう、力説してやりましたよ。




でも、現実は非情です。




お前は騙されてる




万が一騙されてなくても成功できるのはひと握り




安定性がない




・・・。




猛反対でした。






それなりの知識と情報を手に入れた今の僕には、会社に就職することの何が安定なのか理解できません。




親なら自分のやりたいこと、夢を理解してくれると思っていたので、


かなりダメージを受けました。




自分の親に否定されるというのは案外辛いものです。






結局そのままやる気を失ってしまい、




一切アフィリエイトをやめ、




絶望感と共に、一般企業に就職し、やりたくもなんともない業務をこなしていました。






朝から晩までやりたくもないことを黙々と。




苦痛でしかない毎日です。




「じゃあなんでまだこんなことしてるんだよ」




そう思いますよね


僕も思います。




それは




『風邪をひいてしまったからです』




「は?」




って思うでしょうが、実はこれが僕の転機だったんです・・・





続きは「日給5万円なんてありえない話part2」で・・・