坪内祐三さんの書く、昭和史。
それを、パラパラながめていると… 1970年代以降のハナシは、
わたしにも(多少)なじみがあると言いますか。
固有名詞が、わかるから。
雑誌『ぴあ』とかさ。
だけども。
1960年あたりのハナシをされても、まあチンプンカンプンである。
そして。
「あれ。ヲレこの本(昔、読んだハズだけど)ちゃんと読んだっけ?」と疑問に思ったりする始末。
昔、読んだにしては、おぼえてないコトだらけ。
まあ、読んだとしても、忘れたのか。
日本共産党のハナシとか。
学生(政治)運動。
こっちは、そのあたりなにも知らない。
知識ゼロ(ほんとうに、この本読んだのか???)
坪内祐三さんは、まず小説『されど われらが日々』とゆう、柴田翔による政治小説を読みながら…
同時に、柴田翔の友人、同時代人による、回顧録なども読む。
同級生による、「ぼくには、この小説は… 」うんぬん、とゆう批評。証言。
もちろん、わたし・一円きびとは、『されど われらが日々』など、読んでいないが(兄の書棚にあった気はする)
まあ、当時の状況も知らないし、あまり興味もない。
学生が、日本共産党に入って、暴力革命をめざす。
「暴力? …マジかよ」と思ったりもする。
のちに共産党は、暴力革命路線から転向するらしかったが。
そんな時代もあったのね、とゆう感じ。
そこへ、坪ちゃんは、次に大物小説家を投入する。
誰かと思えば、大江健三郎だった。
わたし・一円きびとは。
大江健三郎の小説も、読んだコトがない。
ところが、驚くコトに、さっきの柴田翔と大江健三郎は、まったくの同世代であった。
いや、「同世代だから、何?」ではある。
しかし、わたしは無知ゆえに… 発見とゆうか学習して、それが快感だったりするのね。
あ。そうなんだ、と。
「大江健三郎は1935年生まれか。すると(批評家の)蓮實重彥より、ひとつ年上か」とか。
学年でいえば、早生まれ(1月生まれ)の大江健三郎は、蓮實重彥より、2学年上だった。
そして、もちろん、ふたりとも東京大学の文学部フランス文学科である。
わたしは、蓮實重彥のファンだから、ちょっと驚くワケね。
東大の仏文で、大江健三郎が近く(2学年上)にいたのか!
と。
まあ、そのへん。
いまさら、学ぶとゆうのか。
興味のなかった大江健三郎とゆう人が、急にクローズアップされた感覚。
そして。
坪ちゃんも、それまで読んでいなかった大江健三郎の、小説『われらの時代』を読んで
「これ、柴田翔より全然良いわ」と、つぶやく。
そこからの、大江文学の、紹介。分析がつづく。
おもしろい。
時代を描いた小説。
それを読むのと同時に、その小説をめぐる発言などもとりあげるコトで、立体的な理解ができる。
坪内祐三による昭和史。
↓の部分は、大沢親分の立教大学時代のエピソード。
若いころから変わってない。大沢親分。