アルファ156TAKさん が 三木聖子 の 「 三枚の写真 」 という曲の記事で
昔は写真の現像に1週間から10日ほど掛かりましたねということを書かれており
それを拝見していたら写真について色々と書いてみたくなりました。
うちの父親は私が幼い頃 写真が趣味 で、自分で現像もやっていました。
暗室 に一緒に入って、現像液を入れた容器に父がピンセットでつまんだ印画紙を入れるのを
じっと見ているのが大好きでした。
真っ白だった印画紙にうっすらと画像が現れ
それが段々とはっきりしてくるのが 魔法 のようでした。

白黒からカラーに変わった頃のことも覚えております。
私が小学校の1年生のとき、家で誕生会を開きお友達に来てもらいました。
そのときみんなで写した写真を、父が頑張ってカラー写真にしてくれたのです。
( もちろん、これは父が現像したわけではありません ^^ )
「 うわぁ ~ おんぷちゃんとこの写真、カラーだ ! 」
写真を配ったときのお友達の反応が凄かったので
この頃はカラー写真が珍しかったのでしょう。
父のお蔭でちょっぴり自慢 ~ だったことを記憶しています。
我が家にカラーTVがやって来たのも同じ頃でした。
私が通った中学は、部活動とは別に 「 クラブ活動 」 というものが週に一回あり
何を思ったのか1年生のとき私は 「 写真クラブ 」 に入りました。
家にあった バカチョンカメラ を持って。
( バカチョン って放送禁止用語なんですね )
教室に入ってみたら、みんなとんでもなく厳ついカメラを持っていまして
特に家が写真館のN子ちゃんなんて、自分の頭よりも大きなカメラを担いでいて
なんだかとっても恥ずかしくなりました。
それでもめげずに写真を撮ってましたら、結構私の写真のほうが先生に誉められたりして。
所詮宝の持ち腐れ男子が多かったですよ ^^
N子ちゃんはさすがに上手でした。

バカチョンカメラと言えば、これが流行りましたね。
「 写ルンです 」

旅行に行くときは、もう重たいカメラを持って行くことはなく
現地で写ルンですを買うのが当たり前になっていました。
1980年代までは 感度400 の物が使われていましたが
1993年に 感度800 の 「 写ルンですスーパー800 」 が売り出されると
プロのカメラマン達は暗室で写ルンですを分解して装填フィルムを巻き取り
通常の一眼レフカメラに詰めて使ったのですって。
皇太子と雅子様の結婚式の写真はこれで撮られたそうです。
そして今、またこの写ルンですがカメラ女子に人気らしいですよ。
フィルム独特の風合い の写真が良いということで
息子の友達達も使っているようですね。
思わず 「 今も売ってるの ? 」 って聞いてしまいました。
ポラロイドカメラ という物もありましたね。
正式には インスタントカメラ だそうです。

ちょうど写真と同じ物を持っていました。
何よりも撮ったその場で写真が見られるのが特徴でしたが
当時の物は色がすぐに褪せるのが難点でした。
お店に現像に出さなくても良いので
いかがわしい写真に使われることもあったようです ^^
実は息子は 「 写真教室 」 に通っているのです。
私くらいの年齢の男性が先生です。
もちろんデジカメではありません。
ネットでレンズなどを取り寄せたりしていますが
「 おじいちゃんのカメラがあったらなぁ 」 と悔しがっています。
父が亡くなって何年か経ったとき、写真をやる人が家族にいないからと
カメラのことが何も分からない弟が、ネットで売ってしまいました。
貴重な物もあったかもしれませんが、今となってはどうしようもありません。
こんなカメラが何台もありました。
( 但し形が同じような画像を並べただけなので、同じ物かどうかは分かりません )

今ではカメラでもスマホでも、何枚も写真を撮ってはいらないものを 消したり
様々な 修正・処理 が出来るのでつまらないですね。
私のシミだらけのお肌も、真っ白な美肌に修正出来てしまうので ^^
面識の無い人の写真なんてあてになりませんよ。
昔は大事な記念写真で目を瞑ってしまったり、風で髪や洋服が動くこともありました。
でもそんな写真こそが後々 話題 になったり、懐かしく 笑い合えたりしたものです。
フィルムは枚数が限られていましたから、1枚1枚を大切に撮りました。
「 あと何枚残ってる ? 」 懐かしい会話ですよね。
色も光も変えられるような今の写真はなんだか信用出来なくて
私はあまり写真を撮らなくなりました。
昔々、家族写真を撮る為にオシャレをして写真館に向かった
そんな時代から考えると写真の価値が 下がっている と思うか
SNSなどの普及によってむしろ価値は 上がっている と思うのか
どちらなのでしょうね。