一ヶ月前まで神様は自分には全く関係のない存在だと思っていた。


初詣すら最後に行ったのがいつなのか思い出せないくらい、神様に手を合わせる意味も、参拝する意味も理解していなかったし、理解したいとも思っていなかった。




そんな私は、今日神社に参拝に行き、熱心に手を合わせた。


今日は6月30日の夏越の大祓。


茅の輪をくぐると、脳内がシンとした。


とても穏やかな心地で自然と笑みが溢れた。




今年の6月はとても大きな分岐点だった。



当たり前や価値観が覆り、日々新たな自分を発見して喜びを感じながら過ごした。


自分の進化を楽しんだ。


楽しめる理由は

自分自身を私の味方につけたことが大きい。




今でこそ自分を最優先にしようと心がけているが、そう決意したのは半月ほど前のこと。


それまでは、自分の傷は後回しに他人の傷を癒そうとしてきた。

どんなに辛くても他人のために笑顔を作っていた。



私は大丈夫だよ が口癖だった。



だから自分の笑顔が嫌いだった。



私の笑顔は、必ず他人を気遣うためのものだったから。



気がつくと自分を大切にするという概念がわからなくなっていた。


感情が出てこない。何も感じない。


自分のことなのに、何も分からなくなっていた。



そんな私が変わったキッカケはもちろん


みむ


彼女に導かれ、私は運命の出会いをした。



人生の師と呼べる人と出会ったのだ。



私は変わった。


どのくらい変わったかというと、


「風呂は悪いことを思い出すことの方が多い」と思っていた圧倒的碇シンジ思考だったのに、


今では「風呂は命の洗濯」だと感じて、湯船に浸かる為に大きな保冷剤を持ち込んで入浴するくらい葛城ミサト思考になっている。



誰かの意見を採用したのではなく、

私自身の風呂に対しての考えが変わったのだ。





進化した私は、不思議な違和感を感じていた。


今までこれで良いと思っていたことが、違うのではないか?という違和感。



そして2022年6月29日。


長い付き合いの親友と通話をしていたら、聞いて欲しい感情が出てきたので、話し始めた。



話せば話すほどに涙が溢れた。



戸惑いや自責



そして私がまだ誰かを優先していることに気付いた。


自分を最優先すると決めたのに、できていなかったのだ。



やはり私は変われないのか…


とても辛くて涙が流れた。




絶望









諦めかけたその時

降ってきた。



「自分を最優先する私になるためには、無自覚のまま優先している他人の存在を認知することが必要なんだよ」



私の意識外からのお告げ。



無意識を意識する必要性。





何かが目覚めた。



そして悟った。



この痛みは、望む私になる為に必要なステップなのだと。





「誰よりも、私を優先する私になりたい」






誰のお告げかなんてどうでも良かった。


ただ全てに感謝した。


心が温かくなった。


神様に応援してくれていたこと、見守ってくれていたことに対しての感謝を伝えたいと感じた。


そう思った今日は夏越の大祓。


前半最後の時に、これまでの人生で抱えてきた重しが祓われた。





今年は忘れられない年になる。




自分の笑顔が好きになる奇跡が起こったんだから。





穏やかに微笑んでいられますように。

Emi