お産のはなし
今日は、"お産の家"で有名な吉村医院の元婦長・岡野眞規代さんの講演会に行ってきました。
吉村医院の医院長である吉村先生は、昔の出産スタイルを推奨されている方です。
古来からお産は自然に行われてきたことであり、それは今も変わらないんですよね。
でも医療が発達して、帝王切開、促進剤、無痛分娩、子宮収縮剤、産まれたばかりの赤ちゃんに対しての処置など・・・お産に対して様々な手が加えられるようになりました。
でも、人間が持つ自然の力ってはかりしれないもので、そういう処置をしなくてもしっかりとお産に向けての体作りをしていれば、タイミングが来たらちゃんと産まれてくるんです。
吉村医院では、医院に併設している古民家や山里で妊婦が薪割り、雑巾掛け、鋸挽き、畑仕事をしたりして昔の人に近い体作りをするんです。そうすることで、自然なお産に必要な、力強くしなやかなからだと心を養うことができます。
お産もフリースタイルです。
よくテレビで見る手術室のような分娩台ではなく、和室に布団が敷いてある所で、自分が思うままに出産します。産後はすぐに臍の緒を切らずに、まずはお母さんの胸元で抱きしめられます。
そんな風にして産まれてきた赤ちゃんは、ピンク色をし、安心から産声もすぐ収まり、目もぱっちり開いていたり、中には眠ってしまう赤ちゃんもいるんだとか。
そしてお母さんも、最高に気持ちの良い出産ができて、何人も産みたいって思えるようになる。
そういった吉村医院で岡野さんは5年間婦長を務められ、その時の経験を元にお産の様々なストーリーを聴かせて下さいました。
私は総合病院で、よくある手術台のような分娩台での出産でした。
病院も家から近いからという理由で選んだし、妊娠初期は吉村医院のような病院すら知らなかった。
それに、出産=手術室みたいな分娩台が当たり前だと思ってたから。
吉村医院のことを知ったときはもう5ヶ月くらいだったかな。
そういうスタイルで出産をできる所って神奈川にもあったようで、もっと調べておけばよかったなと思ったけど、今更病院も変えられないし、昔ながらのお産に憧れながらマタニティーライフを過ごしたのでした。
そんなこんなで出産を迎え、初めての出産で、陣痛の痛さから何が何だかわからず助産師さんの言われるがままに産んだ私。
産後すぐに臍の緒を切られ、娘の身長、体重を計り、それからぐったりした私の所へ連れてきて1、2分くらい抱っこさせてくれたら、どこかへ連れて行かれて今度は私の産後の処置をされました。
ずーっと蛍光灯が煌々と照らされる中で行われた出産。
でも、これに満足したか、していないか、と言われると私はわかりません。
だって、陣痛が始まったと連絡したらすぐに三重から駆けつけてくれた旦那さんのお母さん。陣痛でもがき苦しんでる私の体を旦那さんとお母さんで一生懸命マッサージしてくれたことや、分娩室に入ってからはずっと立ちっぱなしで何時間も側について応援してくれた旦那さん。その間お母さんは一人で待合室で見守ってくれていていたわけで。
そして、今か今かと待っていてくれていた三重にいる家族。
そうやって家族の愛情を一杯受けながら、私は娘を出産できたんです。
大体9時間くらいかかりましたが、安産だと思ってます。
満足できなかったのは、自分自身の出産へ向けての準備や、
産まれてくる娘の気持ちを考えてあげられてなかったこと。
体作りも出来てなかったし、呼吸法だって曖昧で、意識が足りなかった。
娘が必至の思いで狭い狭い産道をくぐり抜けてくれて、やっと外に出てきた瞬間、臍の緒を切られて体を調べられるなんて、娘の身になれば恐いですよね。
赤ちゃんは臍の緒を切られるときの痛みも記憶として残っているそうです。
そうやって考えると、昔ながらのお産は母子共に愛に満ちたお産ができるスタイルだと私は思いました。
でも、普通の出産が悪いわけではないし、それは産んだ人が思うことで、私は良い悪いなんてないと思ってます。
だって私は普通の病院で家族に支えられて幸せなお産ができたから。
あーすればよかった、こーすればよかったなんて数えたらきりがないけど、
なんだかんだ振り返っていたら、これで良かったって思えたから。
何より、娘が無事に産まれてきてくれたこと。それが一番の幸せなんです。
次に産むときは、今回の反省を含めた上で産院選びや自分の体作りをしていきていなと思っています。
岡野さんのお話を聴いて、改めて自分の出産を振り返ることができた今日。
命、繋がり、愛という言葉が心にじーんと響きました。

岡野さん(右上)と撮っていただきました♪
吉村医院の医院長である吉村先生は、昔の出産スタイルを推奨されている方です。
古来からお産は自然に行われてきたことであり、それは今も変わらないんですよね。
でも医療が発達して、帝王切開、促進剤、無痛分娩、子宮収縮剤、産まれたばかりの赤ちゃんに対しての処置など・・・お産に対して様々な手が加えられるようになりました。
でも、人間が持つ自然の力ってはかりしれないもので、そういう処置をしなくてもしっかりとお産に向けての体作りをしていれば、タイミングが来たらちゃんと産まれてくるんです。
吉村医院では、医院に併設している古民家や山里で妊婦が薪割り、雑巾掛け、鋸挽き、畑仕事をしたりして昔の人に近い体作りをするんです。そうすることで、自然なお産に必要な、力強くしなやかなからだと心を養うことができます。
お産もフリースタイルです。
よくテレビで見る手術室のような分娩台ではなく、和室に布団が敷いてある所で、自分が思うままに出産します。産後はすぐに臍の緒を切らずに、まずはお母さんの胸元で抱きしめられます。
そんな風にして産まれてきた赤ちゃんは、ピンク色をし、安心から産声もすぐ収まり、目もぱっちり開いていたり、中には眠ってしまう赤ちゃんもいるんだとか。
そしてお母さんも、最高に気持ちの良い出産ができて、何人も産みたいって思えるようになる。
そういった吉村医院で岡野さんは5年間婦長を務められ、その時の経験を元にお産の様々なストーリーを聴かせて下さいました。
私は総合病院で、よくある手術台のような分娩台での出産でした。
病院も家から近いからという理由で選んだし、妊娠初期は吉村医院のような病院すら知らなかった。
それに、出産=手術室みたいな分娩台が当たり前だと思ってたから。
吉村医院のことを知ったときはもう5ヶ月くらいだったかな。
そういうスタイルで出産をできる所って神奈川にもあったようで、もっと調べておけばよかったなと思ったけど、今更病院も変えられないし、昔ながらのお産に憧れながらマタニティーライフを過ごしたのでした。
そんなこんなで出産を迎え、初めての出産で、陣痛の痛さから何が何だかわからず助産師さんの言われるがままに産んだ私。
産後すぐに臍の緒を切られ、娘の身長、体重を計り、それからぐったりした私の所へ連れてきて1、2分くらい抱っこさせてくれたら、どこかへ連れて行かれて今度は私の産後の処置をされました。
ずーっと蛍光灯が煌々と照らされる中で行われた出産。
でも、これに満足したか、していないか、と言われると私はわかりません。
だって、陣痛が始まったと連絡したらすぐに三重から駆けつけてくれた旦那さんのお母さん。陣痛でもがき苦しんでる私の体を旦那さんとお母さんで一生懸命マッサージしてくれたことや、分娩室に入ってからはずっと立ちっぱなしで何時間も側について応援してくれた旦那さん。その間お母さんは一人で待合室で見守ってくれていていたわけで。
そして、今か今かと待っていてくれていた三重にいる家族。
そうやって家族の愛情を一杯受けながら、私は娘を出産できたんです。
大体9時間くらいかかりましたが、安産だと思ってます。
満足できなかったのは、自分自身の出産へ向けての準備や、
産まれてくる娘の気持ちを考えてあげられてなかったこと。
体作りも出来てなかったし、呼吸法だって曖昧で、意識が足りなかった。
娘が必至の思いで狭い狭い産道をくぐり抜けてくれて、やっと外に出てきた瞬間、臍の緒を切られて体を調べられるなんて、娘の身になれば恐いですよね。
赤ちゃんは臍の緒を切られるときの痛みも記憶として残っているそうです。
そうやって考えると、昔ながらのお産は母子共に愛に満ちたお産ができるスタイルだと私は思いました。
でも、普通の出産が悪いわけではないし、それは産んだ人が思うことで、私は良い悪いなんてないと思ってます。
だって私は普通の病院で家族に支えられて幸せなお産ができたから。
あーすればよかった、こーすればよかったなんて数えたらきりがないけど、
なんだかんだ振り返っていたら、これで良かったって思えたから。
何より、娘が無事に産まれてきてくれたこと。それが一番の幸せなんです。
次に産むときは、今回の反省を含めた上で産院選びや自分の体作りをしていきていなと思っています。
岡野さんのお話を聴いて、改めて自分の出産を振り返ることができた今日。
命、繋がり、愛という言葉が心にじーんと響きました。

岡野さん(右上)と撮っていただきました♪