地震が起き、未曾有の被害がもたらされた。
更に原発。

14日は多くの交通機関が混乱して、出社してきた人間は僅かだったが、15日以降は、ほぼ大半は出社してきている。


そんな時、同僚の韓国人男性から
「こんな時にみんな何故普通に仕事できるの?怖くないの?」と聞かれた


聞けば彼の友人の大半は韓国に帰国したという。
彼も状況次第では帰国を考えているそうだ

私だって怖くないわけないじゃん。
地震だって原発だって、誰だって怖い


でも、避難所の人達や原発の現場で頑張ってる作業員の人達や自衛隊、消防の人達の事を考えたら、そんな事言ってられないよね。

帰る国がある人は帰ればいい。
自分の国なんだから


でも、日本の将来が変わってしまうぐらいの危機なんだから日本人が頑張らないでどうするの

「被災者の人や自衛隊や色んな人が自分ができる事を頑張ってるんだよ。私は仕事するしかない。皆が逃げ出したら東京がダメになるし、経済がダメになる。難しい事は分かんないけど、自分にできる事をするしかないよ。」

「日本人だから日本の為に頑張るよ」

思わず、こんな言葉が出てしまった
あの地震があった日。

東京は交通機関が大混乱。
私は18時過ぎに会社から自宅まで徒歩帰宅する事にした。

宮益坂、道玄坂
人が溢れてた。

公衆電話に並ぶ人達
タクシーを待つ行列

とにかく井の頭通りに出ようと歩いて行く


途中で道を間違えた事に気がつき、近くのタバコ屋さんで道を聞く。

店の前の暗い道を行けば、松涛に出られて、井の頭通りに近いけど
「こういう時は、危ないから」と少し遠回りになるけどと別の道を教えてくれた。
ありがとう!おじさん!

松涛に出て白洋社前で何か配ってた。

「気をつけて、お帰り下さい」と社員の人達が徒歩帰宅の人達にあめ玉を配ってた。
今まで食べた、あめ玉で一番美味しくて優しい味だった。

ありがとう!白洋社のみなさん

商店街に出ると、幾つかの店の前に「トイレお使い下さい」という手書きの看板

その中の理髪店でトイレを借りた
「気をつけて帰ってね」と声をかけてくれた。

ありがとう!床屋さん!

整然と歩き続ける人々。

長い歩道橋でも、淡々と歩き続ける


甲州街道に出ると、交通整理のお巡りさんが立っている

車も人も凄かったけど、みんな慌てることなく指示に従う。

日本は、まだすてたもんじゃないよ。

だから、頑張ろう!

しばしのお別れ(;_;)/~~~
この2ショットは、しばらく見られなくなっちゃうしょぼん
サヨナラは別れの言葉じゃないよね。
また会うまでの約束だよ。(セーラー服と機関銃だ~)
リフレッシュして帰ってきてねビックリマーク