お久しぶりです(^^) 荻野美佳です。
こちらのブログに書くのは、本当に久々です♪
こちらのブログは、知り合いの方や知人にもたくさんみていただいてますし、
正直、どこまで書くかは迷ってしまうところもあります。
それは、やはり 正直に書いて、自分や他人が傷つくのではないか、と懸念する気持ちも
正直あるからです。自分のことを言うことは、正直こわいです。
それは、子供の時に、壮絶な環境のなか、とても勇気をだして助けを訴えたときに、
わかってくれる大人がいなかったからです
最近、親から虐待にあっていた中学生の子が、学校では明るくみんなとも仲よくはしていて、
でも、壮絶な虐待をうけており、助けてほしいと何度も学校の先生や相談所の人や、最後はコンビニ
にまで駆け込んで、助けを求めたのに、誰にもその声は届かないまま、自殺してしまいました。
このニュースをみていて、これは社会の本当の浮彫にはなっていない事実の一端を物語っていると
感じました。結局、自分の子供の頃と、本質的にはなにも変わっていないのかなぁ、、と。
虐待というのは、字に書くのも嫌なくらいですが、その子供の人生まで狂わしてしまう、本当に悲しく痛く辛いものです。
受けたことがない人には、想像もつかないくらい壮絶でものすごい恐怖の世界なのです。
絶っっっっ対にわかりません。
そして、仮になんとかその状況を乗り越えたとしても、愛されると思っている親からそのようなことを
受けてきた恐怖は並大抵ではないため、やはり、様々な形で身体や心身に影響がでます
もちろん、後遺症です。
世間にもさまざまな本や、情報もでていますが、私が思うのは、どんな専門家が言っていたとしても
受けてない人には、理解できない多岐にわたる後遺症が、その子たちの人生に影を落としていると
いうことです。
ただ、学会などで、発表されている、戦争で人を殺したりそれで生き残った人と、虐待された子供の
あまりの恐怖によるショックで一般の人の17%も脳が委縮する事実などは、証明されています。
それでも、戦争の生き残った兵士は、ある程度大人になって恐怖を体験しているため、子供の
頃に、虐待された人とは、違う回復の仕方ができると発表されていました
なので、虐待は、その可能性に満ちた子供の可能性を全部奪ってしまう、本当恐ろしい犯罪だと
私は思います。なぜ、逮捕されないのか、、
これは、長年の日本の男社会に都合がよくつくられてきた仕組みの一端だと思います
なぜ、おんなじ人間なのに、人権も尊厳もないのか、、
なんで、平和に暮らせる権利がないの?
おかしい!!!
これは、味わった人でないと、こんな理不尽でやるせなくて、痛ましい気持ちはわからない
わたしは、昔、政治家になろうと思っていたころもありました。
日々、気が失うくらい今思うと理由なんかない理由で殴られ続けたり、本っ当に、苦しくてなにより
痛いし、怖いし、、妹は、それから逃れるため存在を消す天才になり、、母はそこからどうにかするという
、
選択を放棄し、、こどものわたしは、ごはんを食べていかないと死ぬという子供の本能で、母親に従うしかなく、、
でも、おかしいことはおかしいと言ってお母さんをかばいにいくので、私はまた殴られるわけです
お母さんに小学4年くらいの頃、
『お父さんのことすき?愛があるなら、あの人と一緒に病院付き添って、そうじゃないなら私も働くから
ここでよう!!!』
って言ったのいまでも覚えています。
いま思うと、あんな子供にそれを言わすって、、
けど、みんな、それがたとえ親でも、それが限界で生きてるということなのかって
腑におとすまで、ものすっごい時間と労力をつかいました
やったことを許せるとはおもいませんが、人間それぞれいろいろな人がいる
だけど、やってはいけないことはある
ただ、そういう人が救われる場所がない、
わたしは、小学生のときに、誓ったんです
家のことは、もうどうしようもないし、生まれ変わって違う家の子にもなれない
けど、外での人間関係は、自分でつくっていける
友達ってなんだろうってそのとき考えました
ただ遊んでたら友達ってわけじゃないことも体験して感じました
だから、そのときから、自分の中に信念みたいなものをもって生きてきました
幸い、人生とてもいい仲間や友達にも巡り合えたと思っています
ただ、その後遺症が、大変なことに人間関係に極度の恐怖心としてでているという事実にも向き合わなければならないことです
高校ぐらいから、感じていたことですが、さっきもゆったように、外の世界は自分でいくらでもかえれる
って思って、学生時代は、本当にみんなでいろいろなことを成し遂げたり共同作業が学校にはいっぱいあって、自然にみんなが仲よくなれる機会が毎日あったと思います。
とくに女の子の友達は毎日一緒にいるし、振り返っても楽しかったし、すきなことが一緒でみんなで共感しながら力あわせて学校のイベントでの行事の練習したり、素敵な学生時代の思い出がいっぱいあります
でも、そのころから、少し男の人と仲良くなるのが苦手で、でも地元の男の子は、純粋でいい子が多かったと思うので、毎日の学校生活の中で、少しは自然となかよくなることもありました
ただ、まわりのみんなのように、あまり仲よくはなれない自分がいました
これはみんな無意識なので、意識して生きている人はほとんどいないとおもいますが、
実は、異性との関係は、自分の異性の親とどのような関係を築いたかが関係しています
私の知り合いで、異常に異性と関係が築けない子がいるのですが、その子もお父さんがいなくて、よくわからないと言っていました
みんながそうの話ではないですが、幼少期に、どのように接されたか、自分がどのように接してきたのかは、大人になってからの人間関係にかなり影響を及ぼします
これが本当の第2の傷つきになってしまう可能性があるからです。
だから、この話は、とても大切な部分になります
なので、私の場合は、、いないどころか、、
自分では、資格までとってなんとかどうにかしようと思って、いろいろセルフカウンセリングもしてきましたが、
男の人が怖いんだ…もう それを認めるしかない
というところまで、やっときたかんじです^^;
よっぽど接点がある人や、仕事などでどうしても関わらないといけないとかなら、大丈夫ですが、
プライベートや、普段あまり接点がない人、でも 私も人として普通に仲良くなれたらいいなと思うことも
あるのですが、潜在意識で、強力なストッパーがかかるみたいに、ものすごい恐怖心がわいてきます
でも、これが後遺症です
これは、とてもつらいです
なぜなら、自分を出せないし、本当の自分の思っていることなどを言えなくなるからです
これは、さっきゆった、幼少期の関係、自分がやってないとか、それは思ってないよと伝えても
それはゆがめられて、私が悪いからこうなっている(殴られている)という方向に絶対にもっていかれる
という関係しかなかったからです、そうじゃないと殴られ殺されるくらいの環境だったからです
それが、目の前の人が、しかも、自分が話せると思った人なら、誠実でみんなに平等に親切な思いやりのある人だと感じ取ったからにきまっています
普段、自分から男の人に、話しかけることなんてまずないですし、、
そこまで、尊敬できそうなひとでも、その後遺症はでます
けど、多分ここが、受けてない人には、理解されません
あまりの恐怖症がでて、とっさに防御態勢に入ってしまいます、
ときには、防御態勢で相手を傷つけることを、とっさに言ってしまうこともあります(;_:)
何回紙に書いて、こんなふうには言わないようにと書いていても、自分の傷の核みたいなのに
触れた瞬間、パニックでそのように対応してしまったり、、
理屈でここまでわかっていてもでるということは、理由がわからず、苦しんでいる人がたくさんいると
思います。
でも、このような対応だと、知っている人ならわかってくれても、あまり知らない人には、人によっては、
不快な人もいるだろうし、怒ってしまう人もいるかもしれないし、なにより傷つけてしまうし、結局誤解されて、懸念されたり、2次的に、やっぱり…と自分が傷つきます
これは、本人にとっては、自分を責めて、よくない方向に行くので、やっぱり今はその症状が出てしまう
自分をいやかもしれないけど、受け入れつつ、少しずつ、わかる人には、お伝えして、
少しずつ、少しずつ、本当の自分をだしていけたら、それで充分なんじゃないかな
無理はしても、結局いいこともないし、本当の状態をお伝えすることも、私は、自分にとっても相手に
とっても、誠実なんじゃないかな
とも思います。
大丈夫です。絶対わかってくれる人もいますよ(^^)
自分を責めてはかわいそうだよ
その後遺症は、あなたが悪いんじゃないよね?
だったら、せめてこれ以上自分を虐めるのだけは、よそう。
お願い。
そして、私が、めざす夢。
それは、自分が好きなことをして、世界平和に貢献すること
この考えに至るまでに、様々な葛藤や、内面での事柄があった
でも、だからこそ、このきもちは、本当に誰よりも強い
昨日、私が、はじめてそのアーティストをみたとき、
それっ!!!
その、考え方と、価値観と、信念とその表現していこうとする内容!!!
まったく一緒!!
と思ったアーティストに会ってきた
こんな なにもかも考えてることとか、普段思っていて大切にしてることとか、
一緒の人に、あまりあったことがないなぁと思った
なんか、もしかしたら、今の日本人には、あんまりなくなってきていることなんかも。。
悲しいけど
慈悲深さっていう詞がいちばんぴったりかな
そのひとたちが、日本人じゃないこともあるんかな。。
とても思慮深く物事や世界をみているし、すごく思いやり深くて信念をもっているけど、柔和なかんじ
あー一言ではとても表せないけど、温かくて幸せなかんじ。。
(どんなかんじやねんっ!!笑)
感じる人には、とってもわかるはず。。(^^)
あ、でも私も日本人やし、日本で唯一かんじるなら、沖縄がそんなかんじ!
慈悲深さを感じる。。
私は、喜納昌吉 『花』
この曲が、めっちゃ好きです
はじめて宮古島の三線でのライブでこの曲きいたとき
ぶわ~って鳥肌立って、涙がぼろぼろでて。。
心の浄化には、とってもいいとおもいます
この喜納昌吉さん、プロフィールを調べると、なんと!!
日本の音楽家、平和活動家、政治家。
なるほどー
私の、昨日会いにいったアーティストも、正しく、それを目指してる方々で、
音楽で世界をかえる!!っていうので、チェゲバラの本とかおススメしています☆
この人も、改革を起こした素敵な方ですもんね
想いの縁って素晴らしい
私は、女性ですが、なぜか学生の頃気になって、今ってその人の歴史みたいのが映画になって説明
されてるので、ゲバラとマザーテレサをみていました
このような、引き寄せの連鎖って不思議ですけど、ありますよね♪
なので、自分的に、この過去から興味や注目してたものが、いまのタイミングでまた巡り合ったり
共通点があったりってことは、自分にもきっと人生での役目というか、やっていきたいことに関わっている
というのは事実みたいです(^^)
なんか、わくわくしてきた♪
また、いま私も音楽はじめてるんです
昔、壮絶すぎて私は自分のやりたいことゆっくり考えれる余裕もなかったんです
生きていくのに精いっぱいでした
今の日本の子は、本当に時間もお金もゆとりがあって、本当に恵まれていると思います
だからこそ、友達には簡単には言えなかったし、相談しても解決はしないと思っていました
あまりにも、家庭での時間帯がちがいすぎて、、
外での時間が楽しみでもありましたが、今のみんなのゆとりとのギャップにあのころの私には
とてもとてもそれは計り知れないくらいの痛みと孤独がありました
でも、だからこそ、私にしかできない役割があるし、あってもいいんだと、
やっと、ようやく、思えるようになってきました
私も、音楽や詞で伝えていこうと思います
ただ、そのなかでも、ずっと音楽やダンスが身近にあったことを思い出しました
3歳からのピアノは、小学校卒業までやっていて、練習とか義務的なのは嫌いでしたが、
発表会は、すきな曲を弾かせてもらえたので、とっても楽しかったですし、学生の頃の体育祭や
音楽会などのイベントはとっても好きでしたし、高校生の頃も、まわりの友達がみんな結構本格的に
ダンスをしていたおかげで、一緒に誘ってもらえて、学生の割に、結構質のたかい仕上がりでイベントにも
でれた思い出もあるなーって感謝したり(^^)
そして、さっきの沖縄の話に戻るんですが、
俳優の桐谷健太さんも、
はじめて沖縄で飛行機から降りた瞬間、風がぶわ~ってふいて、
『なつかし~~』
って思った!
って言ってました!笑
めっちゃ、共感しました(笑)
あの人も、大阪人ですし、なんか 親近感がわきます(^^)
あの、CMの曲も
♪海の~声が~きき~た~くて~
(ってやつです!笑)
大好きだったんですが、
沖縄っぽいと思いきや、
BIGINさんがつくった曲だったんですね~(*^_^*)
これまた、だいすきなひとたちです(^^)
今年、誰か BIGINのライブ誘ってくれないかな~
あっこさんとか、待ってるよ!(笑)
そぉいえば、あっこさんも、40歳過ぎてCDだしたっていってたな~(^^)
さりげに、芸術家質の知り合いが増えてきたような。。
とっても嬉しいな(^^)
だって、みんなでいろんなことを伝えあえるから☆
そして、みんなそれぞれやり方が違っても、目的はきっと同じとこにつづいてる
幸せだったり、平和だったり、愛だったり
話が、別々のようだけど、要するに、
変わってるとか、変な人とか、個性的とか、人はいろいろ言ってくる人もいるだろうけど、
それは個性だし、あう水のところにいると、おどろくほど心地いいもの
あなたの感性は、本当に大切にしてほしい
そして、アーティストとしては、必要なものなんじゃないかな。
もっともっと、自分の良いところも、みてあげてほしいです
魂が大切だと思います
今日は、私自身も、アーティストとして、まっすぐ自分を生きていく
という、お話しを書かせていただきました。
いつも、私に、直接的にも、間接的にも、関わってくれているみなさん、
本当にありがとう。
感謝しています。
人によっては、衝撃的な部分もあったかもしれないけど、
私は、今を、精一杯生きています(^^)
『安心してください!
生きてますよ!笑』
読んでいただき、本当にありがとうございます。