imaginary.. -2ページ目

2009年9月9日9時9分w

無題

誰も自分のことをわかってくれない
なんて
自分勝手かな


自分を知ってもらうための行動なんか
何一つしていないのにね



本当の自分を知られるのが怖くて
本当の自分を曝け出せなくて

いつまでも
自分の殻に閉じこもったまま



今日も1日が過ぎていく

無題

“意見がない=何も考えていない”だとは思わない。

“発言がない=何も考えていない”だとは思わない。

“発言がない=意見がない”だとは思わない。

考えているし、感じることはある。
でも言うほどのことではない。

例えば、「感動した」と言えば“どこが、どのように感動したの?”と聞かれる。
そんなこと言われても、
全体をとおして思ったことが「感動した」だから、“どこが”“どのように”と聞かれても困る。
だから、何も言わない。
するとすぐに何も考えていないと思われる。

言葉に表せない気持ちがたくさんある。
考えて、感じることはたくさんあるのに言葉にできない。
どうにか言葉にしようと考えて近いような言葉を探すが、
言葉にしてみると何かが違う。
こんなにこんなに思っているのに、言葉にするといやに安っぽく、空っぽに感じられる。

基本的には意見は「特にない」。
でも他人の意見を聞くと、「なるほど!」「そのとおりだ」と思う 。
また、私は他人の意見をふまえてさらに発展した意見が生まれることもある。
何も考えていないわけではないが、私の意見は多くが他人の意見から生まれる。
私の言葉で表せない気持ちを、他人が言葉にしてくれることで知ったり、
「こういう考え方もあるのか」と感銘を受け、新たに自分の意見として生まれることもある。

いっしょくたに意見がない=考えていない=態度が悪いと決めつけないでほしい。何事も真摯に受け止め、一生懸命考えるという気持ちは大いにある。