ようやく自分の存在を認められるようになった
自分のことが好きになった

よかったね〜

が、
それは、ある気づきに繋がる
この気づきは、自己満足を満たさないと、ひとを受け入れることは出来ない結果を招く

本人はそれで満足だからいいが、
周りはそれに振り回される
振りほどかれてもいいひとは、せいせいするものの、とんでもない自分の思い込みとのギャップをぶちまかれ、傷つかされてしまう
勝手な思い込みは、やがて不平不満となって、その相手へ負のエネルギーとなって覆いかぶさり、相手の懐のサイズによっては、心の病に......また、身体にもなにか残ったりせるほどの攻撃となる

本人は本人で、それでせいせいしたつもりかもしれないが、潜在意識のどこかに残ってしまう
あるとき、同じようなシチュエーションになった時、今回の『相手』になるのか『本人』になるのかは、その者の性根に寄るだろうけど


正論は時には人を殺す武器になる
自分に相反する意見が入ってきた時、自己開示ができてないと、どんなにその意見の中に『愛』が入ってても、受け入れないで跳ね除ける
そんなものは自分には関係ない!
自分の思ってるように行かないと、満足出来ない

そのままほっとくことも出来ず、攻撃と追い打ちを仕掛ける


だれが悪い?
誰も悪いわけじゃない

ただ、
受け入れられるか、受け入れられないかだけ


歳を重ねるほど、ガンコになる人が多いと言われてるけど、視野を広げることが出来たら、ただのガンコにはならない

自分の考えの世界の中だけで生きようとる人は、どうしても視野と懐は狭くなる

ということだけ、頭の片隅に置いておけば、少しずつでも大きく広くすることが出来るはず

加害者と被害者は、意識の違いで生まれなくなると思うよ