今日は首が絞まる感じは楽になった。

かわりに手術痕全部がピリピリと不安になる感覚の痛みで、不意に鋭い痛みが走る。

食道亜全摘、胃管再建、3領域郭清。

それなりに手術痕の数はあるから、まとまって痛むと辛い。

手術はダヴィンチ2台で、直後の痛みはなくて楽だった。

14時間の手術だったから、意識が戻るまで時間がかかり、目覚めても疲労感がすごかったのは覚えている。

今は鎮痛剤もない。

胃も痛いから食欲がないし、不安感もあって睡眠もとれない。

他の人のブログを読むと半年もあれば仕事に復帰しているみたい。

もう休職期間も終わるのに、まだ立ち上がるのも辛いというか、食事睡眠栄養が不足してどんどん痩せてる。

入院と療養をしている間に大相撲は冬場所から夏場所まで終わり、WBCもワールドカップも終わってた感じ。


これ治るのかな。

ツマからの圧力も半端ない。

こんなのもありました。


2026/03/11

22時から痛み止めうってもらい始めた それまでゼロだった 痛みを感じなかった 少し でも管が1/3の6本 血圧103、78 今朝まで90 70なかった 熱も37度より下がった 血圧低いから、痛み止めは強いのや量をうてない 身体の右腕と首にまとまった 乾く 歯ブラシの時 明日、栄養がある点滴に変わる 今日は立ったし足ぷみして体重はかったいろいろつけてるから54 なんとかタイ 入院セット 今日はあとから歩行訓練 ここにある コンビニに売っているものを買うことになってる、楽だから もうある 入院の時に 今日の担当看護師のtさん ちょっと抜けてるけどいい人 昨日のsさんは完璧だった、女性 なんの冗談かと思った、一昨日の夜から今朝までついていた 疲れすぎて眠れない、検査で忙しいし あかりは夜消えるけど、この警告音とICUならではの絶叫が続く 僕もだったから文句はない お互い様、みんな元気に死にそうだって思いながら聞いてる 重症患者の部屋だなんて知らなかった 一番ひどかったらしい 僕、手招きしてなかった? 夢か せん妄がひどくて 出てきた、うちの一家と従兄弟夫婦、しーさん 母方と父方とも祖父母は出てこなかった 思い出したら送る 5mmでいいから身体を上にずらす 少し角度を上げてもすぐむせて下げる

2回で1cm

尺取り虫のようだがそれでいい

入院中の最後の記録。

あとは寝込んでいました、肺炎で。


2026/03/24

3/9から15日経過、食事どころか水も飲めませんでした。
今日は2度目の飲み込み検査が午後からあるということで、
5時からの採血や血糖値・体温・血圧・脈拍検査などを複数回こなし、
自主リハビリも2回やって、適度にうがいなどをしながらすごしました。

体力リハビリ担当が来て、リハビリルームで運動をしました。
部屋に戻り落ち着こうとしたら、立て続けに掃除の人がやってきたどころか、
点滴液と点滴棒の交換とかで落ち着く暇がなかったです。
一通り終わったところで、11時なのに飲み込み検査の呼び出しがきました。
ついでに廊下に出たところで血糖値検査もありました。

飲み込み検査の場所は、前回は看護師に車いすを押してもらって行ったので、
一人は初めてで道に迷ってたどり着きました。
マスクを外しても息苦しく、直前に口を湿らせることもできなくて喉がはりついていました。
厭な予感がしていました。
咳込んでいるわけでもないのに、前回と同じく検査液が肺に流れ込んでいるというので終了。
喉のリハビリ頑張ってねと言われましたが、昨日始めたばかりなんですよね。
おそらくこの検査、来週までやらないだろうから、退院が1週間延びたなと諦めました。
喉が乾くぐらいなら別に平気だし。
母親が面会に来ましたが、あまり会話は弾みませんでした。

声出ないし。

その後、2度目の喉のリハビリがあって、その時は徐々に喉を湿らせながらやったから平気なんですよね。
喉担当の整体師から、医者に水やお茶を試験的に始めるように言ってみると言われましたが、
まったく期待する気分にはなれませんでした。

持ってきてもらったスピーカーの調整とかPCのメンテナンスをしながら長い夜に備えていたところ、
看護師から条件付きで水の許可が出ましたとのお知らせ。
とろみ剤を入れた水を少量ずつというのが条件で、とろみ剤は売店で買わなければいけないそうです。
売店は外にあるし19時に閉店だしで、急いで初めての外出です。
外に出たらパジャマにベストじゃ寒くて、点滴棒が点字ブロックにひっかかって難儀しました。
点滴棒が軽いものに交換になっていたおかげで乗り切れましたが。
売店から部屋に戻ったら、看護師がすぐに来てくれて使い方を説明してくれました。

今日から「とろみつき飲水可。食事はとれません」に昇格しました。
喉担当には感謝しかありません。
なお明日からゼリーが出る模様。