まぁ、よくあるケンカだと思いますが、
事もあろうに小姑はやつにこう言ったそうです。
「友達は裏切るけど、勉強は裏切らない
」出ました

小姑の名言誕生の瞬間です

おかしいとこだらけ。
私は今まで友達に恵まれてきました。
とは言え、周りから勝手に友達が増えたわけではありません。
私自身もそれなりのことをしたから
今でも一生の友達
と言える人たちに出会うことができました。
つまり、
私の中で「友達が裏切る」という言葉自体
信じられませんでした

更に更に、
「勉強は裏切らない」って。
今って勉強が出来なきゃいけない時代なの

偏差値教育とは
大きくかけ離れていると思うのですが…
やつは多少は頭が良いようで
テストでもそこそこの点数を取ります。
だからって、
東大も軽く入れるようなオツムは
残念ながら持っていません

誰もが認める天才や秀才なら
その言葉も認めざるを得ませんが、
そんな人たちは、ほんの一握り。
とてもとてもやつが天才や秀才とは思えません

今は勉強ができるからいいけれども、
これから壁にぶつかって
勉強が嫌になるような予感が

「友達は裏切るけど、勉強は裏切らない」
この言葉の先には
友達を信じなくなり

気づけば一人だけ浮いた存在に

勉強を頑張っていたけれど
だんだん壁にぶつかり

勉強が嫌になり、
そんな時に力になってくれる友達がいずに
やがてはニートへと一直線

人の道を踏み外さないことを願っています。
そもそも小姑自信が
信用できる友達がいないんでしょうね

友達の前ではいい顔してますが

友達と会う機会があって戻ってくれば、
姑相手に
「あの人はこーだ、この人はこーだ
」と小バカにした話ばかり。
そういうあなたほど
回りの人から「あの人は…」
と言われていることを全くわかっていない

それに、
「自称バカ」という自覚はあるのでしょうか、
昔から勉強できないと話してきました。
だからこその
勉強できればなんでもできるという
間違った認識を持った上での
「勉強は裏切らない」なんでしょうね

浅はかすぎて言葉もありません。
私がこの言葉に対するなら、
「勉強なんかできなくてもいい、一生の友達を作ってほしい」とでも言いましょうか。
「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい」
みたいですね

勉強なんて、
大人になって必要と感じれば
苦労するかもしれないけれども嫌でもやるんです。
その方が一所懸命に真剣に勉強に取り組みます。
(私も苦労しましたが、しっかりと身に付いています)
そんなことよりも、
いざというときに頼りになる
人生においての友人や仲間をたくさん増やして欲しいです

人は一人では生きていけないんです。
必ず誰かに支えられながら生きているんです。
その事に気づいていない小姑だからこその
名言ですね。
「畏れ入りました
」ちなみに、
自信をもって姑に話していたそうです

姑はウンともスンとも言わずに
聞いていたそうです。
(もし私も聞いていたら、その場で違うだろって突っ込んでケンカ勃発
でしょうね)一般的な感覚のある人なら誰でも違和感を感じるでしょ。
だからこそ、
普通なら親が子に
「違うものは違う」と言わなくちゃならないのに
面倒くさいことには手を出さない姑。
やっぱり「互いにアッパレ
な、バカ親子
」です。最後に一言お約束の
「ばっかじゃねーの
」さあて、明日は何を書こうかな

それとも何かやらかしてくれるかな

