14歳、後半。
『死ね!!学校へ来るな豚女』『汚い』『死ね死ね死ね死ね』
すべての教科書に 綴られる、同じクラスの子たちの文字 文字 文字。
祖父と祖母に育てられ、勉強を頑張って、なにも悪いこととかしてなかったのに、『先生にひいきされてる』で
始まったいじめ。
学校へ行けば、うわばきや 私物のほとんどが 焼却炉か、校舎わきのドブの中。
先生は
「おまえに対してのやきもちだろうな、大丈夫、すぐ終わるよ」
・・・卒業するまで終わりませんでした。
進学さえ難しかった私。それでも先生は、頑張ってくれて、 紡績工場に勤めながら、高校に通う、「通信制」とやらの話を持ってきてくれた。
「おまえなら、 やれるよ。」
日数がたりず、中学校を留年しそうな私の日数を 校長と組んで偽造(笑) 見事卒業にこぎつけた。
そして私は、M県の 紡績工場の社員として、1997年4月 就職した。
今思えば、この時期 就職してなかったらどうなってたかってすごく思う。