この先の公園でちょっと休もう。 -7ページ目

あの日


2001年9月12日、7時3分。

小学生の僕はテレビを見ていた。

ついていた朝のニュースを。

その、真実を伝える窓の向こうでは、

ビルに飛行機が突っ込み、

ビルが崩れていた。

ニューヨークで。

あの事件は子どもながらショックだった。

そして、それから戦争に走る国々が悲しかった。





2011年3月11日14時46分。

高校生の僕は学校の職員室で友人と先生とで話をしていた。

その日が定期テストの最終日で部活動を

思いっきり始めようと思った時だった。

少し揺れた。

震度1くらいから始まり、震度2くらいにおさまると思って

話を続けていた。

しかし、揺れ始めてから1分くらいだっただろうか。

徐々に揺れは激しくなり、

僕や先生はしゃがんだ。

そして、最大震度のとき、我々は校庭へ避難した。

階段は揺れ、足元はゆがんでいるようで、まっすぐ前に歩けない。

手すりを頼りに、一段抜かしをして、急いで逃げた。

「おかし」は実行できなかった。

あのとき建物の中にいたほうがよかったのだろうか。

あのとき走らないほうがよかったのだろうか。

それはわからない。

校庭でも揺れを感じた。

ワンセグであの地震の震源が東北であると知った。

津波が来ることを知った。

ライブカメラで車が津波に流されていくのを見た。

いつだかの夜の二ユースで気仙沼が火の海になっているのを知った。








あれから10年。



あれから6か月。









いま、僕にできること。




考えること。










わらって


涙があるから笑顔の大切さがわかる。

重陽の節句


今日は重陽の節句。



菊の節句とも言うようで。



中国では昔この日に丘に登ってお祝いしたんだって。



杜甫の『登高』を学校でやったのだけれども。







そういえば、明日文化祭があり、

そのための映画を昨日8時から朝4時半まで編集してました…

ああ、疲れた…

そして、朝8時前から学校で、夜7時まで文化祭準備…




今日は思う存分寝るぞ!!

まあ、あしたが本番だけどさ。