ミス・ユニバース・ジャパン福岡大会

大会出場者募集!


平成24年2月現在で18歳から26歳以下の日本国籍の方ならどなたでも出場できます。

福岡大会ファイナリスト(15名)に選出されればビューティーキャンプを受けることができます。

100時間100項目の特別な時間があなたのものに!



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MUJ福岡で取り組んでおりますハローアルソン活動の内容のご報告をさせていただきます。


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2012年 ハローアルソン・フィリピン医療ボランティア 活動報告書


日時   2012年 28日 ~ 211

場所   フィリピン共和国 メトロマニラ 近郊スラム

参加者  

     歯科医師・・・・・・・17

     薬剤師・・・・・・・・1

     看護師・・・・・・・・1

     歯科衛生士・・・・・・11

     歯科技工士・・・・・・2

     歯科助手・・・・・・・3

     高等学校教員・・・・・1

     一般参加者・・・・・・11

     大学生・・・・・・・・2

     高校生・・・・・・・・25名      

     現地通訳・・・・・・・12

 

     総勢・・・・・・・・・86


28


「成田空港にて」


 早朝6時。日暮里駅のホームは成田空港行きの列車に乗り込む人たちで混雑しています。

その中でもひときわ目立つ数人の集団が見えます。大きなカバンを幾つも持ち、その一つには「RELIEF SUPPLIES HELLO ALSON」(救援物資)と書かれています。それを持つ幼顔には明らかに旅行客とは違う緊張した面持ちが伺えます。沢山の人達の思いが詰まったその袋を持つ彼らこそが、今年全国から集まった25名の高校生達です。

 (AM 730) 

 この国の玄関口でもある成田空港もこの時間では人もまばらです。その広大なフロアの一

角に「2012年 ハローアルソン・フィリピン医療ボランティア」に参加をされる皆さんが集まっています。今年は総勢74名の参加者に恵まれました。そして昨年まで各主要地域から出発していた飛行機も今年は全て成田からの出発となり、北は北海道、南は沖縄まで、全国の参加者が一堂に会しました。簡単な事務局紹介と会長 林 春二 先生の挨拶が終わり、いざ出発となります。今年はどんな感動と出会いが待っているでしょうか。今日本では0°の寒空です。今から4時間後には30°を超えるフィリピンの地に立ちます。不安や希望、様々な思いを胸に飛行機は飛び立ちます・・・・。


(現地時間 PM 1330


 空港を出るとそこはまるで別世界です。むせかえるような空気と南国ならではの湿度。じっとりと汗が滲んできます。参加者達は今まで日本から着ていた黒や茶色の冬服を脱ぎすて皆Tシャツ姿になります。そのTシャツこそ今年のユニフォーム「2012年度版ハロアルTシャツ」です。赤や青、黄色や緑、様々な色がフィリピンの陽ざしに映えます。そしての胸にはデザインを担当する麻田キョウヤが私たちに託した思い。「繋がり」がポップで楽しいハロアルのロゴとなって描かれています。

 今年は74名、大型バスが2台となり全員がAB班と別れます。そして更に各10人程度が1 ~ 6班に分かれそれぞれに班長が設けられ、大人も子供も様々な人達が4日間の活動を共にします。全員がバスに乗り込みました。各班で班長の点呼が始まります。

 いよいよ今年の最初の活動「 フィリピン カビテ市 ワカス小学校 」へ物資の支援活動へ向かいます。


PM 1500


「カビテ市・バランガイ ワカスエリア 2


 舗装と言っても日本のように穴一つない綺麗な道路とはお世辞にも言えない凸凹道を通り、バスは目的地を目指します。空港から約45分。マニラの中心地を抜け、むき出しのコンクリートとトタンに覆われただけの小さな家々は、否応にも日本とはまるで違う現実を参加者の目に焼きつかせていきます。

 バスが到着しました。しかし、物資を配付する為に用意された場所は、あまりにも細い路地の先にある為、大型バスが入り込むことはできません。駐車した位置から800メートルほどの距離は、安全面や時間的問題も生じるため、今回は23人程乗車できるフィリピンの人達の日常的な“足”となっている「トライシクル・バイクタクシー」をチャーターしました。

74名の参加者が3人程に分かれ、次々に乗り込みます。このバランガイ(村・集落)に住む住人の多くが「トライシクル」を生業としているため、現地スタッフと相談し、10数台を私たちの為に用意していただきました。料金は1台約8ペソ(日本円で16円程度)。参加者たちは初めて乗る乗り物と現地の方々の屈託のない笑顔、そして私達を心から歓迎してくれる歓喜の声に、先ほどまでの緊張も少しずつ解けていった様子です。




「物資配付活動」


 このエリアでは550人分の お米・歯ブラシやタオル、固形石鹸、洋服などの生活用品を配布しました。この地区はバランガイ12 に分かれており、約3,200人の人達が住んでいます。そのうち1,000人が子供たちです。海沿いに面したこの地域の人々は主に漁師や工事現場作業員、そしてトライシクルといった仕事で生計を立てており、一日の収入は約200ペソ(約400円)その中で食事は一日2回、食費代は67人ぐらいの平均的な人数の家族で一日100ペソ(約200円)程度です。しかし、年々増え続ける住人に対しそれだけの仕事がなく生活はとても貧しい状況です。

 ここでは高校生達が主役です。全員が手渡しで直接フィリピンの方々に物資を配っていきます。現地スタッフが簡易テントを用意してくれてはいますが、気温28度を超える暑さと、1,000人近くの出迎えの熱気で、会場はむせかえるようです。

 この地区は毎年カビテ市の市長からの依頼で数年前から支援しているエリアでもあります。今年は太鼓やラッパの演奏付きで私達を出迎えてくれました。

 鳴り響く歓迎のメロディーのなか、高校生達、参加者達の笑顔が絶えません。住人たちも最近高騰しているお米や高価な日本製の石鹸、歯ブラシを手に、「サラマッポ・ありがとう」と口々に言います。しかし、私達は大切なことを忘れてはいけません。この物資は全て日本でこの活動に賛同し、1本の歯ブラシ、1枚のタオルに思いを込めて下さった皆さんのお陰だということを、そして現地に到着し、混乱もなく、安全にこの活動ができるのもフィリピンにいる我々の仲間が事前に念密な打ち合わせをしておいてくれたからです。

 私達は忘れてはいけません。私達はボランティアを受ける前に既に多くの人たちから私達自身がボランティアを受けているということを・・・

 物資配付が終わり、私達がバスに乗り込む時、子供たちが大きな声で叫んでいます。

thank you、来年もまた来てください・・」

 名残惜しそうに見つめるその眼と、マニラの夕日に映る参加者達の笑顔がとても印象的でした・・・



PM 2115 ~ 2330


「器材準備」

 

 この活動においてとても重要な役割を占める「器材準備」は、活動が終わり夕食後ホテルの一室で行われます。この係りになるのは主に歯科衛生士たちです。日本から持ってきた器材は勿論、ホテルと提携して一年間保管してもらっている全ての器材、材料、薬品等を在庫管理し、使用できるかチェックします。特に切削器具(虫歯を削る道具)などは日本の電圧とは異なり更に電力も安定していないため、特殊な変圧器を持参し充電していきます。

 また明日の活動(活動2日目)は医療活動の初日です。明日はフィリピン側からの要望で2か所の活動場所、すなわち参加者がA班・B班 に分かれそれぞれ別会場で活動を行います。器材も全て均等に分けなおかつ薬液一つまで在庫を管理するのは、この道具は全て参加をする各歯科医院の持ち出しや尊い皆さんからの募金で成り立っているため、無駄なく大切に使わなければいけないからです。

 今年参加をした11名の歯科衛生士たちは普段とは異なる雰囲気のなか手際よく準備に取り掛かっています。その眼は真剣で医療人として挑むまだ見ぬ明日の患者に新たな決意を持っているかのようでした。


先日パレット久茂地前で行われましたミス・ユニバース・ジャパン沖縄大会ファイナリストにて集めて頂いた歯ブラシ・募金を持ってフィリピンに行ってきました。

活動の内容のご報告をさせていただきます。


続く

















続き




29日 医療活動2日目


AM 545 


 プルルル―――。 けたたましく電話のベルが鳴ります。モーニングコールの受話器を取り、分厚いカーテンを開けると、まだ夜が明けきれぬ紫色の空にマニラ湾が静かに揺れているのが見えます。昨年の9月末この地区を大きな台風が襲いました。10数メートルを超える巨大な波しぶきを生み、道路や繁華街まで浸水の被害をもたらしました。水はけの悪いマニラ市内は数週間あちらこちらで大きな水たまりができ、ミンダナオ諸島ではその台風の影響で多くの方が亡くなりました。私は窓を見つめこれから始まる医療活動に胸を躍らせる一方、静かに揺れるマニラ湾の被害に昨年日本を襲った大津波を思い出さずにはいられませんでした。


AM 715


 ホテルフロントに2台のバスが到着しました。器材担当 副団長 木本先生から指示が飛び、手際よく器材が搬入されていきます。

 フロント前には全員が揃い記念撮影です。ハロアル団旗が広げられ高校生たちが前に並びます。これから活動に向かうに当たり皆少し緊張した面持ちです。A班リーダーのシンギさんから掛け声が飛びます。「ハローアルソン!!」いよいよ各班に分かれ出発です。半分に分かれた参加者は今日はもう活動終了まで会うことはありません。

 バスの前には私たちをエスコートしてくれる救急車が2台並んでいます。

 さあ出発です。




A班 「カビテ市 ビナカヤン小学校」


対象者    ビナカヤン小学校の生徒

      患者数     286

      (保存)     30

      (抜歯)     118

      (クリーニング) 138

      (投薬)     98


バスを降りるとそこに待っていたものは日の丸を振りながら歓声を上げる子供たちでした。また学校中の楽器を書き集め歓迎の演奏をしながら学校中の子供たち、先生が出迎えてくれました。

 実はこの学校は過去に物資の配布のみを行ってきました。先生達からも「是非、デンタルミッションをやって下さい」と毎年懇願されており、今年やっと念願の歯科治療を行うことができ、例年以上に生徒達は興奮しています。

 沢山の日の丸の旗がフィリピンの空になびいています。参加者は皆照れくさそうに各自バスから器材を運んでいます。現地活動責任者の今西先生の指示の下素早く診療ブースが作られていきます。患者の導線、うがい用の水の確保、電源や荷物の保管場所。検診ブース、抜歯(歯を抜く)ブース、保存(歯を削り詰める)ブース、クリーニングブース、消毒ブース、そして投薬ブース。各自が振り分けられた係りに従い大急ぎで準備をします。一人でも多くの患者を治療する為に皆必死です。


 いよいよ準備が整いました。検診ブースの先には子供たちが長蛇の列をなしています。

治療チケット「1番」を持った子が 会長 林 春二 先生 の所へ歩いてきます。

彼達はこの日をどんなに待ちわびていたでしょうか。その手にはしっかりと皆さんから頂いた歯ブラシが握りしめられていました。

 

 この学校は国立の小学校です。生徒数2,047名 幼稚園も併設されているため5歳~13歳までの子供たちが通っており、この学校を中心として貧困層のスラム街を形成しているのが特徴です。学費の高い私立の小学校より国立へ編入する生徒も増え、また海沿いに位置するこのエリアは漁師としての生計も比較的立てやすいため、年々居住者が増加しています。

 しかし、全ての子供が学校に通えるわけではなく、たとえ通えたとしてもノートや鉛筆といった文具は皆無に等しく、支給される教科書などは10人に一冊程度です。

 今回、この学校には日本から用意したノート1,700冊を支援しました。これは日本では学年が変わったり進学したりすれば、大抵の子供たちは全て使いきっていないノートでも、また新たに購入し、新調するはずです。その余ったノートの残りの部分を物資として頂き、重ね合わせ「ハロアル・ボランティアノート」として生まれ変わらせました。

 これは3年前、この学校の校長先生とのインタビューで、「何がこの学校に必要ですか」と質問をした時、先生は「ノートと鉛筆が欲しい」と言いました。しかし、すぐには人数分は集めることはできません。3年という年月を経て全国から頂いた物資をようやくお渡しすることができました。校長先生をはじめ子供たちはとても喜んでくれましたが、慢性的に文具が不足している現状の為これからも継続的支援を約束しました。


B班 「バランガイ 8 エリア・SAN LORENZO  RUIZ


住人数      4,500

      12歳以下      450人 

      60歳以上      200

  

      活動場所 「カビテ市立大学校舎内を使用」

      対象者    周辺スラム住人

      患者数      280

      (保存)     28

      (抜歯)     159

      (クリーニング) 91

      (投薬)     144

 

カビテ市内最大のバランガイであり、年々その住人達は増え続けています。海沿いに面したこのスラムは漁師が最も多くそのほかは建築現場などで仕事をしています。子供たちは、一応小学校はほぼ通学はできるものの、途中で仕事をせざる負えない子や16歳になればほとんどが何らかの仕事をし、家族を支えていると言います。この地域では病気になると軽度の場合は無料のクリニックで治療を受けることはできますがそれ以上の治療に必要な薬は自分で購入しなければなりません。また更に重度な病の場合は治療費が払えないため「死」を待つ他ありません。歯科治療については全ての住人が「人生で初めて」と答えました。

 私がこの地区のリーダーに質問します。「このバランガイで最も必要なものは?」リーダーは言います。「トイレが欲しいです・・」このスラムには約60%の住居にトイレがありません。住人達は一定の場所で排便をせず“その辺”でしてしまいます。その上このスラムは海抜0メートルに位置し、満潮時には住居の下ぎりぎりまで海水が浸水します。その為汚物や排泄物がとても不衛生な状況で沈殿され悪臭を放っています。その水辺で子供たちは遊び、栄養状態の悪い子たちは足の傷一つで感染し死んでしまう場合があります。

 リーダーが言います。「今日のデンタルミッションは神様からのプレゼントです。もう一生巡り合うことはないでしょう。でも、私は祈っています。また来年皆さんにお会いできることを・・」

 劣悪な環境で生き、その周囲には高層ビルも見えるこの場所は、まさに貧困問題、貧富の差の縮図です。

 私は彼の話を聞きながら、私の周りに無邪気に集まる子供たちの将来を祈るばかりでした。


今回、A班・B班 2つのエリアに分かれ活動をしました。各グループとも一人でも多くの患者を治療する為に必死です。私が担当したB班では患者全てがスラム住人のため、その治療内容のほとんどが「抜歯」でした。日本では治せるはずの歯を子供たちは幼くして次々と失っていきます。そして血だらけになったガーゼを噛みしめながら「サラマッポ・ありがとう」と言います。その手には皆さんから頂いた歯ブラシやタオルがしっかりと握りしめられています。A班の責任者 今西先生から連絡が入ります。別会場で頑張っている仲間も皆同じ気持ちでしょう。


10歳にして前歯2本を失ってしまった目の前の可愛らしい女の子の瞳が忘れられません。

バケツの中には1本、また1本と抜かれた歯が貯まっていきます。その様子を見て一人の高校生が泣いています。「しっかりと目に焼き付けて行きなさい。これが現実です。ではこの現実を知ったあなたはこれから何をしなければいけないのだろうか。今見ている事を単に思い出にしてはいけない。私たちはこの現実から学ばなくては・・」

時計の針はすでに予定の15時を指しています。しかし、会長から「もう少し頑張ろう。まだ治療チケットを持っている患者は全て診てあげよう。」体力の消耗と疲労の中、最後の力を振り絞ります。ふと横を見るとさっきまで涙ぐんでいた高校生が、不安気に口を開ける子供の右手を握りしめ、「カナモヤン・頑張って」と叫んでいました。


最後の患者が終わりました。空は一面真っ赤な夕日に染まっています。私達はバスに乗り込みます。名残惜しそうに高校生達が写真を取り合っています。

もう二度と会うことはない子供たち。もう二度と戻らない人生の一瞬が、海風に揺られながら熱気に包まれた会場を流れて行きました・・・



続きます。






















210日  医療活動3日目



 AM 530  このモーニングコールもかれこれ8年目となると体が無意識に反応し、普段仕事に行く起床時とは何処となく違った気持ちで朝を迎えます。「今日」という日にどのような出会いと感動があるか、窓から映る動き始めたマニラの街並みを見ながら、ふと、日本での毎日をこんな“わくわく感”で過ごせているだろうかと自分の人生を少し顧みました。

 しかし隣ではこれも毎年のことながら9年目となる現地活動責任者の今西先生が相変わらず深い眠りについています。彼をたたき起し、朝食会場に行くと「ハロアルTシャツ」

を着た参加者たちが既に集まっています。「おはようございます」と元気な声で挨拶を交わします。昨日は2グループに分かれ別々の活動場所でしたが、今日はいよいよこのチームが一つになります。皆とってもいい顔です。さて今日はどんな感動が待っているでしょうか。

 ホテルの前には既に私たちを先導する救急車が2台列をなして待機しています。マニラは世界でも有数の渋滞地区です。出来る限り多くの患者を診る為には地元の協力を得て現地に向かわなければいけません。器材をバスに入れいよいよ出発です。けたたましいサイレンが鳴り響き、路上の人達が怪訝そうに見ています。渋滞の中を割って入るようにバスが進み、少し申し訳なさそうに窓を見つめながら参加者たちはこれから始まる活動へ沸々と意欲を高まらせていくのでした・・・



「バランガイ 649 ゾーン 68」

BAGONG LUPABASECOPONT ANEA MANILA



活動場所 マニラ高校内 を使用

対象   生徒70名 及び 周辺スラム住人

患者数      588

      (保存)     118

      (抜歯)     219

      (クリーニング) 377

      (投薬)     191





 この地区はマニラ最大のバランガイです。約51,060人の人達が生活をしています。もともとこの地区はフィリピンの地図には記載されていませんでした。海沿いに面したこの地区は「BASECO」という造船会社が工場を作りその周辺に数人の人間が生活をしはじめたのが始まりでした。その後、スクワッター(不法居住者)が大勢押し寄せ、いわば勝手に集落を作ってしまったため、1997年 見かねた政府はその周辺を埋め立てし現在のバランガイを作り、国内の地図にもこの地域名を認可しました。

 主にここの住人は漁師や船場で働き生計を立てています。一日の労働で得る報酬は200300ペソ(400円~600円)程度で一家族平均7人。子供たちの就学率は70%ほどで、

さらに高校へ進学できるのはその半分ぐらいです。今回、私たちはこのスラムの中心的位置に建設されたマニラ高校を会場としてお借りすることが出来ました。日本のようにコンクリートでとても大きく、立派なこの高校はまさに、竹や木をくくりつけただけのスラムに住む人々の憧れの象徴のようです。子供たちはこの憧れの高校へ進学をしたいことでしょう。しかし、貧困は同じ地区、同じスラムに住んでいても、学校に通える子とそうでない子を生んでしまいます。私達が活動準備をしていると、金網に囲まれた敷地のゲートから「ジー」とこちらを見る小さな子供がいます。靴もはかず、服もボロボロ。私は数秒間彼から目が離せませんでした。生気のないどこかさみしそうな目に…現在AM 900 気温 29度 いよいよ今年最後の医療奉仕活動が始まります。



 左右にいくつかの教室が並びそれを繋げる二階部分の下、広い吹き抜けの踊り場のような場所が今回の活動場所です。

 今西先生の指示の下、手早く各ブースが作られていきます。団旗が掲げられ74名の参加者が今一つになろうとしています。検診ブースの先にはもうすでに大勢の患者が列をなしてカルテを記入し始めています。いよいよ開始の時です。

私は皆に伝えます。「今日が今年のハローアルソン・フィリピン医療ボランティア最後の医療活動です。この場所を見て下さい。この近代的な建物と後ろに広がるのは竹や木でできた劣悪な環境のスラム街。その光と影の間で私達は今からボランティアを行います。皆さん一生懸命、精一杯、全てを出し切りましょう。この地で燃えずして、この状況を見て熱くならないで、日本に帰り語ることなどできません。私達74名はボランティアの神様に守られています。決して失敗や事故などはおきません。心を一つに頑張りましょう!!」

見渡すとそこには成田空港で眠い目をこすりながら現れた「今どきの高校生」の姿はありません。そこにはこのボランティアを通じ、何かを感じ、悩み、目の前の患者に対し自分は何をしなければいけないのかを懸命に考えている青年たちです。



先生達が額の汗を拭う暇もなく必死に歯を抜いています。日本の診療室とは違いライトも器具もないこの環境で歯を抜きます。そして日本では絶対に抜くことのない歯を、心を鬼にして抜いていきます。そして語ります。「どうしてこんなにも怖い思い、痛い思いをしていても子供たちは泣き叫んでも口をあけたまま我慢しているのか。」高校生たちは黙ります。「それはもう二度と歯の治療を受ける事が出来ないと分かっているからです。もう二度と訪れない人生の最後のチャンスと分かっているからこそ怖くても必死に耐えているのです。」泣きじゃくる子供たちの手を高校生が握りしめます。先生達の手元を一生懸命ライトで照らします。そして血だらけになり、次々と歯を失っていく様子を目の当たりにし、高校生達は涙ぐんでいます。

私は言います。「目に焼き付けなさい。心に記憶していきなさい。そしてこの現実から学び、語り、自分の人生に生かしなさい・・」



クリーニングブースでは歯科衛生士たちが元気に明るく手作りの絵本を用いて、子供たちに歯の大切さ、歯ブラシのやり方などをお話ししています。皆、とてもいい笑顔です。子供たちは皆さんから頂いた歯ブラシを大切に握りしめ、歯科衛生士と一緒に歯ブラシを上下に動かしています。日本で集められた1本の歯ブラシがお口の中の健康と笑顔を繋ぐバトンとなり、今彼達に届きました。日本ではおそらく感じ得ることのないこの感動を決して忘れることなく、今回の経験を日本での歯科治療に生かして欲しいと思います。



「 入れ歯に込めるハロアルの思い・・」



「あと、残り15分――!」最後の患者を向かい入れるため今西先生が誘導します。いくつかのブースでは片付けが始まり、いよいよこの活動が最終を迎えます。そして一人の女性が検診ブースに歩み寄ります。

「上の歯を2本抜いて欲しい。」「どうしてしっかりしている歯を抜きたいの?」「全部歯を抜いて入れ歯を作った方が安いから、もう何年も歯がないからこの際抜いて欲しい」

つまり部分入れ歯は値段が高く買う事が出来ないため、総入れ歯にしたいとのことでした。

そのお口を見て今西先生が会長 林先生の判断を仰ぎます。「先生、この患者に日本から準備してきた器材でこの場で入れ歯を作っても良いですか。」時間的な問題もさることながら、このような状況でしかもその場で入れ歯を完成させることは日本では通常大変難しいとされています。しかし今回3回目の参加となった歯科技工士の田端さん、初参加の浅水さんのコンビが林先生の指示の下、入れ歯を作っていきます。少しずつ片付けが終わった先生たちがこの最終ブース「入れ歯作り」を見学に来始めました。私達の活動の歴史の中で初の試みとなったこの「入れ歯づくり」は、日頃往診先で林先生と共に数多くの患者さんの入れ歯を作り、治してきた日本での経験が成せるものです。さっきまで歯を抜いてくれと言っていた女性は少しずつ完成していく自分の入れ歯に驚きながらも、とてもうれしそうです。それもそのはず、本当なら歯を抜かれ、ひとつ約1,500ペソ(3,000円)の費用がかかる入れ歯を入れなければならなりません。一日働きたった200ペソの彼等には到底手の届くものではないからです。

そして林先生がかみ合わせを調整し、ついに完成しました。会場からはいつしか大きな拍手と歓声が沸き上がっています。女性は嬉しそうに鏡を見ながら何度もお礼を言い、彼等を抱きしめます。

今回製作した入れ歯はたった一人のたった一つの入れ歯でしかありません。過去をさかのぼれば入れ歯を必要とした患者は大勢いました。しかし、私達はその時その時、できるだけのことを全力でおこなってまいりました。そして会発足11年という年月を経て、一人の女性に入れ歯を提供することが出来ました。この新たな1歩が踏み出せたことはまさしくこの活動の理念でもあるように、日本での361日の賜物なのではないでしょうか。

田端さんや浅水さんの照れくさそうにその女性と写真に写る笑顔が何とも言えません。しかし私が一番印象に残ったのは、たんたんと義歯を作成し完成までの指示をおこない、この治療も日々日本で行っているものと何ら変わりのないように処置を行う林先生の涼しげな表情でした・・・



「スラム見学」

 

 活動中、各班に分かれ数名ずつ、この会場を取り巻く周辺のスラムを見学に行きます。

見学は徒歩で約15分程度の範囲内で、この地区の人々がどのような生活をしているかを見学します。しかし、この地区は大変治安が悪いため、地元ロータリークラブは勿論、警察官も同伴の上、スラムの中に入っていきます。

 強い日差しが参加者を襲い、犬のフンや汚物が散乱するスラムの道を歩きます。異臭が鼻をつき、目の前に広がるのは、今にも崩れそうな竹を組みこんだだけの家屋でした。その中には一応の生活用品はあるものの、トイレはなく、水道などは勿論ありません。ハエが舞う台所には燃えかけた炭が見えます。その奥には生まれたばかりの赤ん坊が布きれ一枚に包まれながらスヤスヤと眠っています。職も無くただ煙草をふかしてこちらを見つめる男性。初めて見る日本人に歓声を上げる老婆。瓶や鉄くずが散乱するスラムを裸足で駆け回る子供たち。参加者たちの表情が少しずつ変化します。これが世界の現実でした。スラム街に住む彼等は私達がボランティアにこの地に訪れていることは理解しているも、あまりにも違う「裕福な日本人」という存在に、路地から見つめるその眼は、ある種の殺気さえ感じる時があります。

 この現実を肌で感じた参加者たちは、いったい何を感じ、何を考えたのでしょうか・・・・



「別れの時」

 

 全ての活動が終了しました。あちらこちらで細かなゴミを拾い、荷物や器材がまとめられています。天候にも恵まれ、野外とはいえ日差しを遮る屋根もあり、一応の水やトイレも確保でき、こんなにも快適な環境で活動が出来たのは過去にも例がなかったように思えます。

 野戦病院のような熱気とボランティアの情熱に満ちた会場に海風が心地よく流れてきます。あんなに騒がしく大勢の患者で賑わったフロアに少しずつ西日が差してきました。

 参加者が各々、この活動の終わりを惜しむかのように写真を撮っています。今回も現地で私達と共にボランティアをおこない、毎年私達の安全、活動を支えてくれるマニラロータリークラブのメンバーに感謝の意を告げるとともに、歯ブラシ約1,000本、薬100人分を寄付致しました。

 バスに乗り込む時、この学校の校長先生が私に言いました。「今日の出会いとあなた方の活動に心から感謝をします。本当に貧しいこの地域にどうか今後とも支援をして下さい。」

 力強く握るその手に「私たちこそ、素晴らしい出会いを有難うございます。これからもできる限りの支援をおこなっていきます」と告げました。

 心地よい疲労感と皆が一つになってやり遂げた充実感が漂っています。

バスの外を見ると、抜歯ブースで見かけた男の子が私達に手を振っています。おそらくもう二度と会う事が出来ない子供たち。その瞳に私達ハローアルソンはどのように映っているのでしょうか。少しずつバスが会場を離れていきます。スラムの景色が遠く、小さく離れていきます。その男の子はいつまでも、いつまでも小さな手を振り続けていました・・・・

飛行機でたった4時間のこの場所。日本の子供たちが野球選手やサッカー選手に夢を膨らませる時、今日食べること、明日生き伸びる事に夢を見る子供たちがいます。

今日の出来事は同じ地球の同じ人間同士の現実である事を私達は忘れてはいけません。







続く




211日  活動最終日



 最終日の朝はいつも特別な気分になります。1年間準備をし、温め、そしてこの場所で全てをぶつけた日が今日で終わろうとしています。今年も沢山の出会いと感動を経験し、帰国の途につきます。見なれた窓からの風景もどこか寂しく思え、日本に帰る喜びと共に複雑な心境になります。そしてこの二日間、沢山の子供たちが大切な歯を失い、今も出血と痛みを伴っているであろうと考えると、この最終日の朝はいつもどこかで心が苦しくなります。しかし、一番怖いことは、日本に帰り忙しさと日々の暮らしの中で、少しずつこの感覚が薄れ、彼達の記憶が心の片隅に追いやられてしまうことだと思います。全てが満たされ有り余る社会に生きる私達が見たこの現実を決して忘れまいと誓い、最後の活動場所に向かいます。



 「カビテ市 バランガイ サマラ・マルクエズ」



 この地区は毎年私達が帰国する最終日の物資配付活動として訪れている場所です。

スラムには約7,600人の人達が住んでおり、マニラ湾に面したこの地域は主に漁師を生業としています。しかし、この23年の間、地域開発が進み高速道路の建設により、浅瀬の漁場は全て埋め立てられてしまいました。その為住人たちの生活もより貧困レベルが上がり、カビテ市内でも大変貧しい地区となっています。

 この地区のリーダーとの会話ではやはりここも「トイレ」の問題が大きいようです。上下水道などは夢の話。排泄は直接海にする為、スラム内は異臭を放ち衛生面においては非常に劣悪な環境です。

 私達がバスを降りるとそこには既に何百人もの人たちが列をなし、物資配付を待ちわびています。住人達の間を参加者達が通るたびに歓声が沸き、子供たちは走り回っています。

 私の事を覚えていてくれた住人達が歩み寄ってきました。「今年も来てくれてありがとう。とてもうれしい」と言います。

 高校生が整列し物資を手渡していきます。「サラマッポ・ありがとう・サンキュー」会場は沢山の感謝の言葉で包まれていきます。そしていよいよ今年最後のプレゼント、参加をした高校生25名から「歌」が披露されます。





「世界が一つになるまで・・・」



 今年参加をした高校生25名は、学校も、住む場所も、育った環境も全て違います。「ボランティアに参加をする」というたった一つの共通点で今この場所に立っています。その中で彼等は「何か自分たちにできる事はないか」ということを考え、相談し合い、「全員で歌のプレゼントをする」ということを決めました。

 日本語、タガログ語(現地語)を出発前にそれぞれ練習し、フィリピンに来て、高校生ミーティングの後、彼等は疲れた体に鞭を打ち、遅くまで練習をしました。

と日本の友好や、ボランティアとしての彼たちなりの表現だけではありません。

 この企画は彼ら自身が日本にいる何か月も前から考えていました。その「考える」という瞬間から、どうやって伝えるか、どのようにしたら上手くいくか、自分のことではなく相手のことを思った、この瞬間から自分の心の中に眠る「ボランティアの種」に水をやり 始めるのです。

 そしてその種が成長し見事に花を咲かせるためには決して一人ではできません。25人という仲間の存在、今回の参加を許可してくれた親、学校、「がんばって」と励ましてくれる日本の友人たち。彼達が安全で無事活動できるようにと常に考えているスタッフや参加者の方々。そして目の前にいるフィリピンの子供たち・・・人間は決して一人では生きてはいけません。辛いことは皆で支え合い、楽しいことは皆で分け合う。その「心」と「心」の繋がりを理解した時、彼達の「心の花」が咲くのです。

 一人の高校生が大きな声で挨拶をし、25人全員の歌が始まりました。会場は大きな手拍子の中、高校生達は涙しながら歌っています。その様子をフィリピンの子供たち、そして参加者が見守っています。彼等の真っすぐで純粋な心。時として答えが出ず、悩む若者の姿。そして、4日間という短い時間に劇的に変化をとげる素直さに私達も感動します。参加者たちも泣いています。共に過ごした4日間。「ボランティア」という経済的に言えば全くの報酬も利益も生まない時間。自らの財産、時間を費やしそこに私達が感じ、得るものはなんでしょうか。その答えが今、目の前で大きな声で歌い涙する高校生たちから教えてもらった様に思えます。会場が涙と感動に包まれます。今年のボランティアの最終章が今、幕を下ろそうとしています。彼達高校生の涙がいつか形になり、他人の痛みを我が身と感じ、人として豊かな心を持ったそんな大人になることを願って止みません。大きな拍手に包まれバスに乗り込んでいきます。私はリーダーに別れを告げ、また来年この地に戻ってくることを約束しました。バスに手を振る子供たちの無邪気な笑顔。運命というにはあまりにも過酷な環境で生きる子供たちが世界中には沢山います。今年の活動が終わりました。空港に向かうバスの中は全てをやりきった充実感とこの国を後にする少しの寂しさ、そして日本に帰れるという喜びと安堵感に包まれています。

私にとって8年目となる今年、見なれたはずのフィリピの風景が今日はとても新鮮に見えます。74名の参加者、そして多くの支援者のお陰で今年も様々な事を学び、経験ができたからでしょうか。バスの中汗をぬぐいホット一息つくと隣から今西先生が話しかけます。「来年の活動は何日にするかな?」また来年に向けての1日がスタートしました。今年も無事活動を終えたことにこの活動に携わる全ての人達、そしてフィリピンの恵まれない子供たちに心からの感謝を込めて、筆を置こうと思います。



「私たちの未来は・・・ハローアルソンが目指すもの」



 2012年 28日~11日 4日間 フィリピン共和国 マニラ市近郊スラム で行われた ハローアルソン・フィリピン医療ボランティア は物資配付 約1,500人 患者治療数1154名 という結果になりました。大きな怪我や事故もなく今年も素晴らしい活動が出来たことは、私達の活動をいつもさせて下さる皆さんお一人お一人のお陰です。心から感謝申し上げます。



 私達は「ハローアルソン・フィリピン医療を支える会」となり今年で11年目を迎えます。

無償の歯科医療活動・生活物資の支援協力・活動を通じ自らの生活を見直し、無駄のない社会を作り上げる・高校生の参加により真の国際貢献と国際平和を考える。この4つの柱を活動理念とし年間を通して皆さんに呼び掛けています。



 昨年の311日。私達は一生忘れる事の出来ない悪夢を見ました。私達人類が信じてやまなかった文明の進化。全てに満たされることが「豊かさ」と考え、利便性、効率性の追求こそが発展の証しとしてこの地球に君臨し続けた人間。マグニチュード9.0の大地震は、そんな奢り高ぶった人間たちへ、神の怒りにも似た怒号のような地鳴りとともに巨大な悪魔を生みだし、町を、学校を、職場をすべて破壊し、夢を、思い出を飲みこみ、そして幾万もの尊い命を奪い去りました。絶望と悲しみに打ちひしがれ、そのあとも神は容赦のない恐怖を与えました。放射能という人類の英知の結集がこれからの未来に暗い影を落としていったのです。

 私達は全てを失いました。私達は過去も、現在も、そしてそれぞれが夢見ていた未来さえも失いました。しかし、たった一つだけ失わなかったものがあります。たった一つだけ奪われなかった事があります。それは「心」です。今まですれ違うだけの名前も知らない人間達が、生きるため、立ち上がる為に手を取り合いました。「人と人が支え合う心」それは「思いやり」とも「優しさ」とも呼ばれ、そして「絆」という言葉に生まれ変わり日本中を繋ぎ合せました。大災害の深い爪後に咲いた一滴の希望・・・それは「心」です。

 「本当の豊かさ」とはなんでしょうか。年間6億食も捨てられるお弁当が毎日コンビニに並ぶことでしょうか。この国を支え続けた高齢者に対し、金銭を騙しとろうとする詐欺行為を作り上げる社会なのでしょうか。アフリカでは生きるため家族を養う為に売春をし、そしてエイズ感染し若くして死んでいく女性がいる一方、ブランドのバック欲しさに体を売る日本の若者たち。自己の欲と保身に溺れテレビでは連日のように企業や政治家、大人たちの釈明会見が続く国。親が子を殺め、子が親を殺める。命の尊さや人間の在り方さえも教える事が出来ない現代・・・

 全てに満たされ、全てが有り余る社会に生きる私達はいつしか、本当に人間に大切なものを忘れかけているように思います。今回の大災害は「多くの尊い犠牲」により私達の奥底に眠っていた人間としての「心」を呼び起こさせ、人間にとって最も大切なものは何かを考えさせました。それは私達 ハローアルソン が長年にわたり目指していたものと同じです。

フィリピンの劣悪な環境で生きる恵まれない子供たちは「貧困」という問題から、私たちに様々な事を学ばせてくれます。

「目の前に苦しんでいる人がいる」この現実を私達は知りました。その現実を知った今、私達は何をしなければいけないのでしょうか。

 今この地球上には様々な問題が生じています。環境、資源、戦争、貧困・・・70億人を超える人間がひしめき合うこの星はすでに軋み始めています。誰しもが幸せに、誰しもが裕福に人生を過ごしたいと願うはずです。では、本当の幸せとは何でしょうか。本当の人間らしい生活とはなんでしょうか。私はこのフィリピンの子供たちと出会い学びました。

人間にとって最も大切なもの。それは「命」です。しかしそれは決して自分だけの「命」ではありません。人の苦しみ、悲しみ、痛みを自分のことのように感じ、共に支え合い共存しあう「命」。我欲を戒め常に優しさを持つ「命」。そして相手の喜びも自分のことのように幸せと感じられる「命」。全ての人間がこの「様々な命の尊さ」を感じ、生きていくことができれば、この軋みあう地球は素晴らしい星へと変わることでしょう。私達の活動は今世界中で起きている問題を解決する為のほんの一かけらでしかありません。しかし、この活動に参加をしてくださる皆さん、そして、これからの明日を担う高校生たちが、その散りばめられた「心の欠片」を繋ぎ合せる「命」になっていただければ嬉しく思います。それこそが私たちハローアルソンが目指す未来です。



今年も多くの仲間と共に「人間の命の不条理」を学びました。人間は決して平等ではありません。誰もが努力をし、日本人として生まれたわけでもなく、誰もが希望し、あの劣悪な環境で生きることを望んではいません。しかし、運命という不条理の中で一つだけ神が平等に分け与えたものがあるとすれば、それは「心」です。しかし私達は国や言葉、宗教や価値観、人種や肌の色など人間自ら作り上げたフィルターによりその「心」がくもり、傷つき、時として私達人間を冷たく、寂しく、悲しい動物へと変えてしまいます。そのフィルターを取り除くことができるのは、被災地で育んだ、フィリピンの地で学んだ「心」しかありません。

この世界に生じる全ての問題を解決することができるのは、結局は私達人間の「心」でしかないのです。 

 

あるバランガイで私は言いました。「日本の震災後フィリピンの国から多くの義援金を頂いて本当に感謝しています。」するとリーダーが言いました。「私たちの国は日本のように豊かでもなく、お金もありません。ましてやこのスラムの人達は日本にお金を送ることなどできません。ですが、貧しくてもフィリピン中の人間が、毎週必ずミサで神様に祈っています。

日本人の魂の鎮魂とこれからの日本の復興を私達は祈っています。すみません。私達にはそれぐらいしか出来る事がなくて・・・」私は胸が熱くなり涙がでました。



本当の豊かさとは何か・・これからも私達ハローアルソンはフィリピンの恵まれない子供たちへ無償の歯科治療と物資の支援活動を通じ、私達人間が本来あるべき姿を学び、考えていきたいと思います。



私たちを支えて下さる皆さんに心からの感謝と、世界中の「尊い命」の平和を祈り、また今日から歩んでいきたいと思います。



              



2012年 ハローアルソン・フィリピン医療を支える会

団長  関口 敬人



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