むくり・こくり「蒙古高句麗」
1、(蒙古及び高句麗の名から来た話)蒙吉のことを一に蒙古高句麗の鬼が来るといって怖れたから、
転じて小児の泣くのを止めるのに「むくりこくり、鬼が来る」と威す風習となった。
2、無埋・非道なさま。この言葉で「小児」を「威す風習」は北海道を除く日本全国に流布している。
また、「無理・非道なさま」とあり、極悪非道の人々というイメージが、「むくりこくり」には存在
する。
このようにして見てくると、蒙古襲来は、高麗襲来とも呼んでもよいし、元寇は高麗寇と言い換えて
も大きな誤りとは言えない側面をもつ。高麗人の襲来であり、高麗人の侵略でもあったからだ。蒙古
人の陰に隠れた形になってはいるが、高麗人の残暴行為を看過してはならない。では、高麗人が行な
った残虐行為とは具体的にどのようなものだったのだろうか
ここでは、高麗の前身の国家である「百済」を引き合いに出し「手掌ヲ穿傷……」(手の平に穴をあ
けてそこへ縄を通す」の意)云々のやり方を、朝鮮半島において古来より続く伝統的行為としている。
まさに、この残虐行為を証拠として高麗人の仕業、と編者は判断している。日蓮は、対馬や壱岐、あ
るいは九州本土における惨劇を『高祖遺文録」の各個所で言及している。
弘安の役時、壱岐・対馬における「高麗ノ兵船」による残虐行為は、当時の日本人にとっては衝撃的
出来事であった。
そもそも「高麗ノ兵船」は、「高麗」から出発したところの「兵船」の意味もある。だが、やはり
「高麗」人が多く乗り込んだ「高麗」入の「兵船」とする解釈の方が、ずっと重いと考えてよいだろ
う。「八幡愚童訓」(『日本思想大系}、甲本)は、弘安の役に参戦した「国々」を次のように明記
している。
捕虜の手に穴を開けて縄や針金を通し連行するのは現在まで続く朝鮮の伝統のようだ。
朝鮮日報 / 「脱北者の鼻を針金で刺し通して送還」 から
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2002/04/24/20020424000001.html
『制服姿の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)保安員(警察)たちに逮捕された脱北者(北朝鮮を
脱出した住民)100人余りが、鼻と手を針金で刺し通された状態で、トラックで北朝鮮に連れて行か
れたと、現場を目撃したある米国人が23日、明らかにした』
韓国人は、「元が日本を征服できなかった理由は日本軍の奮戦もあったが、高麗の三別抄の乱に
みられるように40年にわたる高麗の抵抗が元軍の日本出撃を遅らせたたため日本側はその間戦闘
準備する時間的余裕が出来たこと、元に命じられた造った軍船は高麗人が手抜き製造したため脆く
台風という「神風」ですぐに難破したことも日本が助かった大きな理由であり、結果的に日本の
被害が最小限で済んだのは高麗の抵抗のおかげである」と手前勝手な主張をしているが、元寇に
参加した諸民族のうち日本に最も害をもたらしたのは高麗(朝鮮)人なのである
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/2463/rekisi1.htm#wakou