こんばんは、麦子です。

少し前に、母親へ初めての手紙を出しました。

"自分の気持ちを親に伝えること"は、毒親育ちからすると震える程に怖いことです。
生まれてこの方、自分の感情を押し殺して毒親に従って生きてきた私が、まさか親に本音を伝える日が来るなんて、想像もしていませんでした。
それでも手紙を書かなければならないと思った経緯はこうです。


結婚した27歳の頃までは着かず離れずの距離でなんとか毒親からの攻撃を交わしながらやってきた私。

しかし一年程前に夫や義理の家族をも巻き込んだ攻撃を受けました。

自分だけなら今まで通り我慢ができます。

だけど大好きな夫やその家族を侮辱する暴言を吐かれ、これは家族から離れなければならない、と強く思いました。


意を決して「暴言を受けて辛かった、しばらく会いたくない」と伝え、家族全員を着信拒否、LINEもブロックしました。

これだけでも私からしたら"自分、よくやった泣くうさぎ‼︎"と称賛に値する行為だったのですが。。



こんなことでは通じないのが毒親なのです。

電話もLINEもダメならばと母は何度もリア凸にやってきたのです。

居留守を使ってスルーするも、「いるのはわかってるのよ」とばかりに5回、10回、20回とインターフォンを鳴らされます。

音に反応して吠えてしまう愛犬を「良い子だから静かにしてね」と抱きしめながら部屋の奥でただただ恐怖に怯えるしかありませんでした。


"またいつ母が来るかわからない.."そう思うと窓もカーテンも開けられなくなり、ついには外出するのも怖くなってしまいました。



こういう経緯があり、"このままではまともに生活すらできない。もっとしっかりと拒否の意思を伝えなくては"と決意し、手紙を書くことにしたのです。



以下は、私が実際に母親に送った手紙の内容です。

あまりにも長文(便箋6枚分)だったので、一部割愛したりしたのですが、それでもかなり長いですアセアセ



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お母さんへ

お久しぶりです。麦子です。


こちらから一方的に連絡を取るのを拒否したり、わざわざ出向いてくれたのに会わなかったりと、失礼な態度を続けていてごめんなさい。


お母さんやお姉ちゃんは去年のことをいつまで引きずっているのか、と思っていると思います。

だけど、実際はあの時のことはひとつのきっかけであって、今まで自分の中では色々なことがあって、それらが積もって今回のような態度になりました。


今まで言っていなかったけれど、実は私は数年前からうつ病で療養中です。今は仕事も休職しています。

そういった面でも心身ともに弱っていて、謝罪をした翌日になっても責められ続けたあの出来事はとても心に残りました。


それならどうして、そういう状態であることを言ってくれなかったのか、と思うかもしれませんが、言わなかったのではなく、言えなかったのです。

"精神面の弱さで休職をして、職場に迷惑をかけている自分"を、家族の誰にも受け入れてもらえないと思ったからです。


そう思った理由はいくつかあります。

お母さんからは「他人に迷惑をかけるな」と常々教わってきました。

覚えているかわかりませんが、私が中学生の時、陸上部の大会中に肉離れを起こしてしまい、顧問の先生からストップがかかり、泣く泣くリレーの出場を棄権したことがありました。そんな私にお母さんは、「どうせ筋肉痛なのに甘えるな!そんなことで周りに迷惑をかけて!!」と強く怒りました。翌日に医者に行って「肉離れですね、1週間は走らないでください」と診断されたけれど、それでもケガの心配よりも「部活は休まず行くこと」と言われた記憶があります。

だから、自分の体調のせいで職場に迷惑をかけているなんてことは言えませんでした。



また、昔お兄ちゃんが精神的に弱って大学に行けなくなった時、お母さんは「心理学なんて意味がわかないもの勉強するから頭がおかしくなったんだ」と言いました。

だからうつ病に対する理解を得るのは、きっと今も難しいだろうと思いました。


『うつ病は甘え。怠けているだけ』 と言う人も確かにいます。


でも私が休職をした時の状態は、そこで休職をしていなければ、今生きているかどうかわからない程の状況でした。

あまりに自分のキャパを超えた激務に、36524時間仕事のことが頭から離れず、何日も朝まで眠れない日が続きました。眠れたと思ったら、延々と仕事に追われる夢を見るのです。

出勤しようと起き上がると自然と涙が流れてきたり、仕事帰りも毎日泣きながら帰っていました。バイク通勤中も頭の中は仕事でいっぱいで、追突事故を起こしたこともありました。


上司からメンタルクリニックに行くように何度も勧められ、しぶしぶ受診すると、今すぐに仕事を休むべきだと、その場で診断書を出されました。

それでもその診断書を職場に出すことはできませんでした。「他人に迷惑をかけてはいけない」という思いが消えなかったからです。

それから1ヶ月間なんとか踏ん張りましたが、夫に「いつまで無理すれば納得するの?死ぬまでやるつもりなの?」と言われてハッとして、休職することにしました。



こんな状況でもお母さんは、私のことを『周囲に迷惑をかけて情けない、心が弱い人間』と思いますか?


思えば私は、本来の自分よりも"元気で明るい人"として振る舞ってきました。

末っ子という立ち位置からなのか、両親のケンカが絶えない家庭内で、少しでも場の雰囲気をよくしたかったのか、とにかくヘラヘラと明るくしていました。

でも実際はそこまで明るくもなく、前向きでもなく、プレッシャーにも弱い人間です。


子どもの頃、ピアノの発表会当日、「お姉ちゃんは緊張していつもお腹が痛くなっていたけど、麦子は全然平気でいいよね」と毎年言われていましたが、実際はそんなことはありませんでした。「えへへ、全然余裕だよっ」と笑いながら、こっそりトイレに行ってはいつもお腹を下していました。発表会の1ヶ月前からは毎日のように本番で失敗する夢を見ては心臓をバクバクさせていました。


とにかく私は、今まで家族に見せてきたほど元気ではなく、明るい性格でもなく、能天気でもありません。誰に命じられた訳でもないのに、勝手にそうやって振る舞って、勝手に少し疲れてしまいました。


今はうつ病を治すべく、家で静かに療養をしたいと思っています。

お母さんにも思うこともあると思いますが、人と会うことや電話やメールをすることが今はとても負担に感じてしまうので、できればそっとしておいてもらえると助かります。


以上、突然の手紙で驚かせてしまってごめんなさい。

季節の変わり目、気温の寒暖差も激しいので身体に気をつけて。

                  麦子


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この手紙を出せた時は、「やった‼︎ついに自分の思いを言ってやったぞ‼︎」と少し高揚感すら感じました。

でも一晩寝て起きてみたら、「そろそろ手紙が届く、、母はどう受け取るだろうか?親不孝な娘だと激昂して押しかけてくるだろうか、、それとも被害者ぶって姉たちを味方につけるだろうか、、」

などなど気になって仕方がない不安


そして返信は、3日経っても4日経っても来ず、ますます不安になる麦子なのでした。。

                  続く