平成元年七月十日


とある田舎の夏祭りの日に、私は生まれた。


母は看護師で、父は何の仕事をしていたかわからない。


つなぎ?のような作業着を普段着ていたから、そのような仕事なのだろう。


そうそう、私がこれを書き留めようとしたのは只の自己満だ、記憶の整理と言ってもいい、こうゆう男が居るもしくは居たと誰かに知っていただきたいと思った。


私の子供達には別に知って欲しくない過去だ。


話を戻すと...

住んでいたのは母の実家で両親の他に曽祖母と祖父と祖母と住んでいた。


祖父の母である曽祖母は年中、こたつの側で過ごしていた。年齢は傘歳を超えていて、たまにお小遣いやお年玉をくれ、普段はテレビを見ながら単調な会話をした事を覚えている。


家は祖父のもので、祖父は牧場で働いていた。牧場と言っても競走馬を飼育していたらしい、友達の家の側に職場があったので小さい頃に何度か見かけた事がある。本業は農家でさつまいや米、野菜を育てていた。祖父は寡黙で自分の事はあまり話さないが、まっすぐな人生を歩んできた人だと今になって感じる。


私の幼少期によく面倒を見てくれていたのは祖母だ。あの時は50歳手前だっただろうか化粧は普段しなく服装は農家の嫁!みたいな感じだったので、見た目よりも、若かったのかもしれない。

よく畑や田んぼに連れて行ってくれたのを覚えている。


母はその時、個人経営の病院で働いていた。その頃の母の記憶があまり無い。


そして、父の記憶も悲しい事に無いのだ。


私が生まれて3年後に妹が生まれた。