今朝、妻の愛犬が死んだ。

昨晩は妻と喧嘩していて、朝は仲良くしたいと言われていた翌朝の事だった。

昨晩は喧嘩の後、一人リビングのソファで寝てた僕。
最近は、ソファが多かったから、愛犬たちとは同じ部屋で寝てた事になるな。
そんなとき、たまに、愛犬が歩きにくい仕草してたから気になってた。でも、朝になると、元気に歩いてるからわからなかった。

そして、今朝は妻が起きてきて
入れ替わるように二階に上がった僕。

すると、下の階から僕を呼ぶ妻の声が…。
不安そうな声。
ただ事でないと下に降りると、愛犬を抱く妻がいた。

妻に抱かれた愛犬は
まばたきをせず、たまに小さな声で鳴いていた。

急いで救急対応の動物病院を探していたとき、
少し大きな鳴き声を出して、そして、動かなくなった。
血の気が引いていく表情を見て、理解した僕らは言葉が出なかった。
妻は泣いていた。

自分は短い間だっただけど、それでも思い出を振り返って悲しくなった。
妻と愛犬と一緒に出かけた公園
幼い我が子と愛犬が戯れる微笑ましい休日の時間
寒がりで一緒にベッドで寝てた日々…。

妻はそれ以上に思い出がたくさんだし、
我が子のように可愛がっていたから辛いだろう。
そんなことも愛犬は理解してたのだろう。
だから、妻が起きてから息を引き取ったのかな。
まるで妻のことを待っていたみたい。

そして、最期の愛犬の鳴き声は、
何て言ってたのかな。

この子は妻と僕との喧嘩も当然見てただろう。
だから、妻との喧嘩の翌日、子供と妻と一緒に、家族で愛犬を囲んだとき、
仲良くしてって言われてるように思えた。

そして、妻にはありがとうって言ってるようだった。
妻に抱かれて息を引き取った愛犬は
何だか幸せそうに見えた。
いまの自分とっては、
考えさせられる広告でした。

自分ひとりで生きてるわけでないし、
まわりにしたことはいずれ自分に帰ってくるしね。
自分の周りが幸せであれば、
それが自分にとっても
一番幸せなのかもしれないな…。


(以下、広告の抜粋)

立ち止まってこそ 見えるもの、あるのです。

空の鳥を見上げることも、
野に咲く花を見下ろすことも、
立ち止まらなければできないことです。

失敗する人生に価値なんてない。
いかに世の中を順調に、
上手く生きていくかが大事。
そんな風に考えながら毎日を過ごしていませんか。

でも本当は、
挑戦して、失敗して、
立ち止まったからこそ見えるものがあり、
回り道をしたからこそ気づくことがある。

そうやって見えてくるものには、
どんなに小さく些細なものでも
「美しさ」があり、「価値」があります。

そして、それを見出す力は、
私たち一人ひとりに
ちゃんと備わっているのです。
今日で30歳。
早いものです。

10年前の人生設計では
30歳になったら結婚とか考えてたけど、
いまや一児の父親です。

本当に何があるかわからないなと感じます。

この一年を振り返ってみると
仕事で大きな転換期となり、
自分としてはその状況に慣れるのに必死でキツい一年でした。
何とか形にはなってるけど、まだまだかなー。だいたいの流れは掴めたから、来年こそはうまくこなしたいなと思います。

それ以降、一年の終わりにかけては地獄でした。
人に裏切られることがこんなに辛いものかと。
信じてた分だけ裏切られたのが余計にこたえます(笑)
生まれて初めて、
生まれてこなければ良かったと思った一年でした。

来年はどうなるかわからないけど
とりあえず、頑張れるうちは頑張ってみようかなと。

来年は幸せになれますように。