はいいろ君。
ここでは「はいいろ君」と呼んでましたが、彼の本名は「MJ」です。
「MJ」と名付けた理由は、彼の誕生日が2003年7月21日の月曜日だったので、
「Monday」のM、「July」のJで、MJと付けました。
ただ、MJとは呼びにくいので、
「エムジェイ」→「ムジェ」→「ムー」と呼んでました。
ムーは昨日、ドイツ時間の11月1日午前5時50分に亡くなりました。
膀胱も悪くなってた為、一日に何度もシッコに行きたがり、夜も2時間おきに連れて行ってました。
呼吸が苦しかったようで、何度も寝返りをうって楽な体制を見つけようとしてました。
亡くなる瞬間は悲しいと言うより、
「もうこれで彼は苦しまずに済む」と言う気持ちの方が大きく、
私の口から出た言葉は「もういいよ」でした。
でも最後の夜まで散歩にも行けてました。
「散歩行く?」と言うと喜んでました。
そんな元気がまだあったので、苦しんだ時間は短かったと信じたいです。
最後は旦那と一緒に看取り、私の腕の中で亡くなりました。
進行がとても速く、この数日あっという間でした。
それも彼の為には良かったんだと思います。
でも本心はもっと生きていて欲しかった。
どんな状態でも側に居て欲しかった。
ムーが居ない。
いつも居た場所にムーが居ない。
それが本当に辛いです。
家のドアが開いてると、とっさに「ムーが出るから閉めて」と思ってしまったり、
ムーがリラックスした機嫌の良い時に出す声が聞こえた気がしたり、
ふとした瞬間にムーの匂いがしたり、
そのたびに喪失感におそわれます。
この数日があっと言う間すぎて、気持ちが付いて行かないです。
ムーを撫でたい。
ムーの喜んでる顔が見たい。
ムーの存在を肌で感じたい。
ムーに会いたい。
今、ムーは葬儀屋にお願いしてます。
くろいろも含めた家族みんなで、連れて行きました。
一週間後に帰ってくる予定です。
たった9年の短い生涯だったけど、ムーが幸せだったと感じてくれてる事を願います。
ここでは「はいいろ君」と呼んでましたが、彼の本名は「MJ」です。
「MJ」と名付けた理由は、彼の誕生日が2003年7月21日の月曜日だったので、
「Monday」のM、「July」のJで、MJと付けました。
ただ、MJとは呼びにくいので、
「エムジェイ」→「ムジェ」→「ムー」と呼んでました。
ムーは昨日、ドイツ時間の11月1日午前5時50分に亡くなりました。
膀胱も悪くなってた為、一日に何度もシッコに行きたがり、夜も2時間おきに連れて行ってました。
呼吸が苦しかったようで、何度も寝返りをうって楽な体制を見つけようとしてました。
亡くなる瞬間は悲しいと言うより、
「もうこれで彼は苦しまずに済む」と言う気持ちの方が大きく、
私の口から出た言葉は「もういいよ」でした。
でも最後の夜まで散歩にも行けてました。
「散歩行く?」と言うと喜んでました。
そんな元気がまだあったので、苦しんだ時間は短かったと信じたいです。
最後は旦那と一緒に看取り、私の腕の中で亡くなりました。
進行がとても速く、この数日あっという間でした。
それも彼の為には良かったんだと思います。
でも本心はもっと生きていて欲しかった。
どんな状態でも側に居て欲しかった。
ムーが居ない。
いつも居た場所にムーが居ない。
それが本当に辛いです。
家のドアが開いてると、とっさに「ムーが出るから閉めて」と思ってしまったり、
ムーがリラックスした機嫌の良い時に出す声が聞こえた気がしたり、
ふとした瞬間にムーの匂いがしたり、
そのたびに喪失感におそわれます。
この数日があっと言う間すぎて、気持ちが付いて行かないです。
ムーを撫でたい。
ムーの喜んでる顔が見たい。
ムーの存在を肌で感じたい。
ムーに会いたい。
今、ムーは葬儀屋にお願いしてます。
くろいろも含めた家族みんなで、連れて行きました。
一週間後に帰ってくる予定です。
たった9年の短い生涯だったけど、ムーが幸せだったと感じてくれてる事を願います。

ムーはたくさんの思い出を残してくれました。
でも、今はまだムーを思い出と言う言葉に出来ないです。



