私の幼少期・・

今思えば、完全にヤバい奴グラサン

 

当時は発達障害とかグレーとか無かったから、

単にポンコツ娘だったと思います口笛

 

幼少期は都会に住んでいましたチョキ

 

閑静な高級住宅街に佇むマンションで暮らす我が家・・・

母は超人気幼稚園に私を入園させようと必死だった(大学等の附属幼稚園とかではないです)

 

私は、とても内弁慶で外面は良い子だったのと、お喋りや発達に問題は無かったので、

見事合格して、母の希望の夢幼稚園(仮名)に入園が決まったチョキ

 

二年保育だったので、年少・年長という呼び名ではあったけど、実際は年中の年齢(4歳)からの入園

 

まだ子供が多い時代&人気マンモス幼稚園だったので、1クラス40人近くいて、それが6クラスあった気がする。。

そんな大所帯に私が馴染めるはずもなく

 

なんと、幼稚園の大半をトイレで過ごしていました昇天

友達は出来ない、外遊びは大嫌い、先生とお話するのも怖い・・・で

園児トイレにずっと引きこもってました昇天

 

最初のころは先生が迎えに来てくれたり、一緒に遊ぼうと声掛けをしてくれていたけど

 

もう2か月もするとそんなの無くなりましたえーん

 

幼児トイレは壁(仕切り)が低いので、たまーに先生が遠くからトイレを覗きに来て私の生存確認してまた去っていきました赤ちゃん泣き

 

私も多少は知恵があるので、

朝の会(出欠確認)やお昼ご飯の時間はちゃんと教室にいましたし

生活発表会や音楽発表会の練習は真面目に取り組んでいましたニヤリ

(幼稚園が嫌というより友達と遊ぶフリータイムが嫌だっただけです)

 

暴れたり泣いたりするタイプでもなく、人畜無害だったので、ほんっと完全放置でした・・・ガーン

 

さすがに親が来る参観日は無理やりトイレから出されて教室や園庭で過ごさせられてましたアセアセ

 

あとから聞いた話ですが、私の父も母も私が幼稚園の保育時間の大半をトイレで過ごしてることは

当時一切知らなかったそうです。

幼稚園から何も連絡無かったんだぁ・・・と悲しくなりましたタラータラータラー

 

 

そんな生活なので夢幼稚園の2年間の生活で

お友達は一人もできませんでした。拍手

 

たぶんだけど、担任の先生と話す機会もほぼ無かったと思います。

 

母が親戚や近所の人に私が夢幼稚園に通ってると自慢してる姿を見て

子供ながらに申し訳ない気持ちになってたのを思い出します。。。