島へ嫁いで26年…
あっちこっちと
ズレながらも
思い出を追う…
民宿仕事も
馴れて
きた頃だったな…
舅様 じぃちゃん
(お義父さん)
が…
背中が痛い
から
始まって
腎臓の病が
見つかった。
手術して
ひとつの腎臓で
頑張っていたけれど…
入退院繰返し…
「家に帰りたい…」
って
じぃちゃん…。
じぃちゃんを
家に帰そう❗️
民宿は
家内だったから
病人を在宅で
看るとなると
営業は難しい…。
海の養殖の仕事も
じぃちゃんが出来ず
旦那さんの仕事の合間では
民宿に活かせる程には
難しい。
で…
すっぱり
廃業。
当時
我が家の民宿
ばぁちゃんのファンも
ついていて…
惜しまれながらだった。
長男が六つ(才)ぐらいかな…
次男が一つ(才)…
じぃちゃんは
徐々に
起きられなく
なったから…
介護ベット生活になり…
夜は
ばぁちゃん(お義母さん)
は
血圧が急上昇して
具合いが悪くなるので
私
旦那さん
息子達
の
四人で
じぃちゃんの
ベットの下に
布団を敷いて
眠ったの。
車椅子で
フォーレ(尿をためる袋)
をつけての生活の
じぃちゃん。
辛かったと思う。
そんな
素振りは
一時も
見せなかった。
ヘルパーさんにも
協力してもらって
在宅介護を
約一年と少し…
あの頃
私
島だから
出来たんだって
今だから
思うな。
まわりは
みーんな
親類みたいなもん。
で
協力してもらっての
在宅介護だったもん。
私
そのとき
オシモノ
お世話が
全く嫌ではなかった。
されたじぃちゃんは
嫌だったはず。
じぃちゃんの
介護ベットの上を
飛んだり跳ねたりの
息子達を
目を細めて見ている
じぃちゃんを見ながら
私
嫁に来て
良かった…
二人の子の
つわりもお産も
めちゃめちゃ
酷かったけど…
(これは また 後程…時系列にならんな😅)
白幡の子を
産めて良かったって…
じぃちゃんの
横で
跳び跳ねている
息子達を見て
初めて思ったの…。
次男坊が2つぐらいかなぁ…
確か
有馬温泉での釣り堀かな?…。
