久々のブログだけど、我慢ならないので、ここでも愚痴らせてもらいたい

ある知り合いから『すみません、親危篤で病院なうです。しばらくバタバタしますが宜しくお願いします。』とLINEで連絡が来た。
そうなんだ、それは大変だ…心痛めてないかな、色々と大丈夫かな?とその時は思って、私もそれなりの返事をした。(『こちらの事は大丈夫なので、親御さんとのお時間を大切にされてください。快方に向かわれるのをお祈りしてます。』)
でも、少しモヤっとした。
だって、同じ職場や近所でもないし、日頃、連絡も取り合ってるわけでもないし、年に1度会えればいい方。(遠方で、最近の付き合いはTwitterに“いいね”か、ごくたまにの一往復のコメント)当然、親御さんにはお会いした事も、お話した事も無く…
『親が危篤で落ち込んでいるんだ…』って連絡だったら分かるけど、危篤の事実だけを報告されても…と私が思ってしまったのは、その人が構ってちゃんだから、そう感じたのかな

翌日、Twitterではいつも通ってるス◯バに行ってる事を載せていたので、『気分転換にでも行けるくらいなら、意外と本人は大丈夫なんだな。』と安心しました。
(行くなとは言わないし、思ってもいないけれども、いつも通りに1日に何回かス◯バ行ってて、「あれ?病院に居なくても大丈夫なの?」と心配にはなった…)
そしてその後に『頑張らなくていいのに…』というLINEと共に、病院で貰った“看取り”の用紙をわざわざ写真に撮り、送ってこられて戸惑う私。
常識的に考えて、家族でも親戚でもない人に、病院の看取りの用紙を写真に撮って、LINEで送るものな…の??(え?でも私の家族がそうだった時は、親戚にも電話連絡のみで、そんな送ったりしなかったし、ましてや仲のいい友達、幼なじみでも送ったりしなかったけど…と思い、困惑)
元々、かまってちゃんな人なのは理解してたけど…夫にも相談して、夫も「これはちょっとね…」と夫も困惑。
その後にTwitterで、私以外にもやはり、色んな人にLINEで親御さんが危篤の事を知らせまわったようで、その中の一人に『何の病気?癌だったの?私の時はこう看取って大変だったのよ~』的な連絡をされた事に対して腹が立ったという愚痴をTwitterに書いていて…
うん、その返事をくれた人も最初のアクションは空気読めてないし、デリカシーもないとは思うけど、全然知らない親御さんの危篤を突然知らされたら、そういう疑問も沸くだろうし、そういう行動する人も出てくると思う。50代の人の親なら高齢だろうと思って、そんな事を言ってこられるリスクがあるのを想像しなかったのかなって思うんだよね。
それを気心知れた皆が見るTwitterに愚痴るかなぁ…デリカシーない言葉に思って憤慨してたけど、でもその人はその人なりの心配の言葉をかけたとも思う。(そもそも危篤連絡してきた、その人もデリカシーが…)
でも、ここまでくると、まるで危篤をネタにでもしてるのかな…と悲しく思えたと同時に、どんな親だったとしても、こういう行動を取るのは軽蔑するなぁと、父親を亡くした私も夫も感じました。
その後に、またしてもTwitterで愚痴ってて、私がプッツンと堪忍袋の緒が切れて、私自身がTwitterで名は出さなかったけど、思いの丈を吐き出しました。私の父が亡くなった時、「いつかは訪れる事」だと一言で片付けた事。(いつかは訪れるのは分かっているけど、寝たきりの父だったけど、命に関わる病気で寝たきりだった訳じゃなかったし、まだ63才だったし、急性心不全という突然の死だったので)
優しい言葉なんて亡くなった時も、その後にも、私には一切掛けて来なかったのに、自分は優しい言葉クレクレで腹立たしかった事。
それなのに自分の気に入らない言葉をかけられたらTwitterに愚痴る事。(「何様だよ?!」って言う本人が一番何様なの…)
Twitterは自由に発言して良い場だけど、その旨を知ってる人から見れば、その人のTwitterは見てて嫌な気持ちになるし、夫もその人とも関係があるのですが、「親の危篤をネタにするのは軽蔑するし、この件については放置すべき」の言葉に救われました。
本当に自分より一回り年上の方がする行動だと思うと、悲しかったな…
そりゃ親が亡くなるかもってなれば動揺する気持ちは分かるけど…私はあり得ないと感じました。
しかし、なんでここまで嫌な気持ちにさせられたんだろうな…私含め、みーんな大人気ない(苦笑)