むげんのアメブロ
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応援してくださった方々。



ありがとうございました。



チャリンコ日本一周、



無事、



東京にゴールしました!





半年ぶりに家族と再会し、お祝いしてもらって嬉しかったです。



まあ俺が「お祝いしてよ」って言わなかったら、しなかったんだろうけどさ…(笑)



幸せな時間でした。



ゴールしてから10日、、。



日本地図を見ながら想いおこしてます。












日本一周。



終わってみればあっとゆう間だった。



2012年4月15日~2012年9月9日。



約5ヵ月。



使ったお金=65万円。



持ち金1万…。



ギリギリ。



まあ、そんなことはどうでもいい。



できた。



出発前あれほど大きく見えた日本を、



グルっと周ってこれた。



やってやるってゆうより、本当にできるのかなって、



フワフワした気持ちで出発したっけ。



長くなると思うけど、最後だし



ゆっくり思い出しながら書いていこうと思う。



少し焦ってた旅だから、せめて思い出をかみしめながら。



出発。



東京都、府中市、



地元ってわけじゃないけど



最後に母ちゃんと住んでた町だから、スタート地点はここにした。



母ちゃんも気に入ってた大国魂神社。



かの有名な伊能忠敬も旅にでる前は神社へ参拝したらしい。



神社をあとにして出発するときに



おばちゃんに「素敵な自転車ね」と言われた。



ありがとうございます、とだけ言った。



これから日本一周してくるんです、って言えば良かったって後悔した。



なぜか日本一周するって言うのが恥ずかしかった。



3年前くらいから計画してたのに、周りの人にも全然言わなかった。



夢や目標を周りに宣言するのが嫌とゆうか、



自分の中で熱が冷めてしまう気がしてしまうから。



まあ本当は、



後に引けなくなるのが嫌なだけ(笑)



じっさい一度、やっぱり辞めようかとも思った。



不安だった。



さっきも書いたけど、本当にできるのかなって。



おそらく人生でいちばん、身体のコンディションが悪かったから。



腰にコルセット巻いて日本一周はじめたヤツは自分くらいじゃないかと思う。



でも出発してしまえば意外と不安はなかった。



やるしかない。



ただ、やる気に燃えてるわけではなく、



出発してしまったからには「やる」しかない。



あいかわらずフワフワした気持ち。



日本一周してるなーって実感がわいてきたのは



福島あたりからだった。



5日で福島に入った。



いつのまにか周りで喋る人たちが東北訛りになってる。



先入観かもしれないけど



福島には独特の空気があった。



最悪の状況で、



最悪だからこそみんなが繋がっているような、



そんな力強い空気。



地震から1年、



ニュースでも地震のことは扱わなくなり



全国的な復興ムードは去ってる。



それでも現地では士気が伝わってくる。



なにより福島の人はやさしかった。



日本一周を反時計周りにしたのも、



最初に被災地を見ておきたかったから。



福島の市街地から太平洋側に向かった。



半壊した建物もあれば瓦礫の山もあり



もともとあった街並みが平地と化しているところもあった。



南相馬市までいくとだいたい原発20キロ圏だ。



ビルやお店が存在しても人の姿がない。



商品だけ陳列されたコンビニ、道路を覆う雑草。



ゴーストタウンとはこのことだと思った。



これ以上進めないところまで行った。



なぜか20キロ圏内を自転車で走ってるとゆうのに誰も止めなかった。



双葉町まで13キロとゆう看板が見えてきて、さすがに恐くなって引き返した。



海沿いを走り仙台へ向かう。



そのまま石巻まで走った。



津波で小学校児童70名が流されるほどの被害があった町。



ボランティアをしようと決めた。



日本一周12日目、



宮城県栗原市にあるNPO法人「dsp」の宿舎に到着。



このボランティア生活での経験で



いかに自分が小さかったかを気づかされた。



同時に、世界が広がった。



淡々と書いてるけど、ここでの出会いや経験は本当に、自分の財産になってる。



まだまだ先は長いのに、



ってゆうかまだ全然始まったばっかなのに



旅をして良かった。みたいな



ボランティア生活が終わって再出発するときは



ここから日本一周の旅の初まりなんだとゆう気がした。



フワフワした気持ちは消え去った。



さらに海沿いを北上していく。



ボランティアでは石巻近郊の瓦礫撤去などをしたけど



北上していくごとに被害がひどくなっていくような気がした。



気仙沼、陸前高田、三陸、



街が損壊してる光景のほうが当たり前のようなレベルで



写真を撮ることも頭になくなった。



なにを思えばいいのかもわからない。



ただ目に焼きつけた。



そして再び内陸に入り



奥州、盛岡、八戸、と進んだ。



途中リアキャリアが壊れるなどトラブルもあったけど



着実に進めた。



八戸とゆうともう雪国のイメージなんだけど、意外と寒くなかった。



5月だから当たり前か、、。



青森の六ヶ所村にはいったのは5月の10日。



発電施設が軒を連ねる不思議な町も、いい勉強になった。



そこから青森港へ着いたのは出発から27日。



いよいよ北海道。



初めてのフェリーに一人ではしゃいだ(笑)



そうそう、北海道はもともと一周するつもりはなかったんだ。



でもボランティアで出会ったひとに一周してこいって言われて



じゃあします。って決めた(軽いな)



今考えたら本当に、一周しないのはもったいないし



背中を押してもらったことにすごく感謝したい。



出発当初、不安だった身体のコンディションも良くなってるし、



腰の痛みもない。



意外なくらい「よーし、一周してやる!」って意気込んでた。



前向きすぎて逆に、



あ、これはなんか良くないことが起こる前フリか、とすら思った。



でもまあ、



期待には沿わず、



よくもわるくも(?)無事に北海道一周もできました。



はしょり過ぎ?



北海道一周は、



ぜんぶで35日。



思った以上に楽しかったし、気持ち良かった。



あえて一言で表現するなら






北海道はでっか…



もっと広い世界をみてみたい、って思った。



ゲストハウスで外国の人と触れあったからってゆうのもあるかもしれない。



もっと広い世界。



海外へ行きたいなんて少しも思ってなかったのに



北海道一周が終わるころには世界を意識するようになってた。



自分は誰なんだろう。



旅を続けるごとに



自分を失ってるような感覚。



心地よかった。



北海道一周が終わってフェリー乗り場に着いたとき、



小さいながら、やりとげた充実感みたいなものがあった。



あのとき見た夕陽はいまでも印象に残ってる。



フェリーで秋田にはいり



ここからずっと日本海側を下っていく。



の、はずだったんだけど、、



北海道でスマホが壊れたから、アップルショップへ行かなくてはいけなくななり、しかもアップルショップは全国にも数えるほどしか店舗がなく、



山を越えて仙台まで戻ることに…。



そしてまた山を越えて山形を通って



再び日本海…。



ハァハァ…



今、地図をみて驚いたんだけど、



内陸を走ってるときは



普通に標高800mとか900mとか登ってた。



北海道であんなに覚悟して登った知床峠(700m)よりも高かったんだってゆう。



たしかにキツかったもん…。



泣きそうになったもん…。



へたに内陸は走るもんじゃない。



まあ、そんなこんなでスマホも直って新潟に入った。



ここから佐渡島に渡りたかったんだけど、



お金が心配になってきた。



スマホ修理も高かったけど、旅の最初のほうで寝床が見つからないとき漫画喫茶に泊まってたのが高くついた。



佐渡島に渡ってたら今こうしてブログは書いていなかったと思う。



実際そのくらいギリギリだった。



でもお金がなくて移動するだけの旅になってしまうのは、なんか違う気がして



何かしようって思った結果、ゴミ拾いを始めたのはこのあたりからだ。



走ってて、目についたゴミをひろっていこうってゆう。(目につくというか目にあまるというか、それくらい公道にはゴミが落ちてる)



これはこれで自分を苦しめた。



もちろん道路に落ちてるゴミを全部拾おうなんて考えてないない。自己満足でしかない。



でもどれを拾ってどれをスルーするか、



わかってはいたけど自転車をいちいち止めて拾うのはけっこうしんどい。



拾ったほうが良いかな拾わなくてもいいかなって思いながら



ああもう!!ってなって拾う(笑)



でも不思議と、疲れてるときほどゴミをひろうとスッキリする。



自己満足の範囲内でこの活動は続けた。



一日100キロ、



地道に日本を塗りつぶしていくのが楽しくて



日本海側はスイスイ進んだ。



東尋坊や鳥取砂丘に感動したり、



ボランティアで知り合ったひとと再会しお世話になったり。



このブログをみて応援してくださっていた方と会ったり。



順風満帆な旅とゆう感じだ。



そして島根県にはいったあたり、



そいつは唐突にやってきた。



そう、



梅雨。



もう進まない進まない。



なんなんだあれは。



あれが夏バテか。



ジメーって。



暑いと、眠くなるって知った。



道の駅で昼寝したり



暑いし急に雨ふったりで、もう一日30キロペース。



徒歩ダーかよ。



出雲に着いて、思いのほか5日も滞在してしまった。



そこからも30~50キロペース。



なんとか萩に到着。



萩と言えば長州藩。



そこで幕末の志士たちの歴史を知り



意味もなくテンションMAX。



夏バテがなんだ、暑いならそれ以上に燃えればいい。



わけのわからん やる気がふってきた。



僕たちがこの時代に生きてるのもきっと意味があって、



だからこそ、やるべきことをやらなきゃいけない。



努力しなくちゃいけない。



それが先人たちへの敬意であって感謝の表し方だと思う。



日本一周をして、まさにこうゆう歴史に触れたかったんだと思った。



東日本より西日本のほうが、そういった



日本の歴史が詰まっている気がする。



周っていて勉強になった。



下関から九州へ渡り



長崎へ向かった。



もちろん平和祈念公園。そして原爆資料館。



学生時代に修学旅行で一度来たことはあったけど



一人で来るのとでは、得られるものが



天と地ほど違う。



グラバー邸にもいき、日本の歴史を肌で感じられた。



長崎のおっちゃんが言ってた、



「日本の歴史は長崎からつくられている」



そんな気もした。



そこから熊本へ入り、



さらに南下して鹿児島。



あれよとゆう間に沖縄行きのフェリーに乗った。



いいのか?こんなんで…(笑)



実際そんな気持ちで乗った。



心の準備ができてないとゆうか。



でも



夜にデッキから空をみてそれは振り払われた。



満開の星。天の川まではっきりみえる。



「うおー、旅してるぜー!!」



デッキには人がいたので頭の中で叫んだ。



まるまる24時間。



長いとゆう人もいれば



自分はフェリーが好きなので、短い船旅がおわり



沖縄到着。



94日目、7月18日。



まだ梅雨が抜けきっていなくてあいにくの雨だった。



沖縄も一度来たことがあったけど



やっぱり全然ちがう。



まず、自分の自転車で沖縄を走ってるってことに笑ってしまった。



泊まったゲストハウスの人に



「日本一周、反時計回りにして正解だったね。最初に沖縄きてたらぜったい居着いちゃうもん」



と言わた。



たしかに。



お金があればもっと居てしまったと思う。



沖縄には1週間だけ滞在した。



ぷらーっと海に行ったり、ぷらーっと猫と遊んだり、



特有のゆるい空気に浸りながら。



戦争の歴史にも触れたり。



特別なにかをしたとゆうわけではない。



沖縄にきてなにかが変わったわけでもない。



ただ沖縄まで来たとゆう事実が、宝物になった。



泡盛をのみながら



夜の浜辺で、星とかみてた。



さみしさもあるけど、



これ以上の自由を感じたことはなかった。



フェリーで鹿児島へ戻り



知覧へいった。



戦時中、神風特攻隊が飛び立った町。



戦争の歴史は本当にディープだ。



わかったつもりでいたただけ



遠い昔の野蛮なこと。



それは間違いだって気づく。



今も昔も同じ日本人。



俺たちみたいなヤツが同じように憤って、



同じように悩んで、恋して



笑ってたんだって気づかされる。



特攻隊員の家族へ宛てた手紙を読むと



意外にも父親へ向けた手紙が多かった。



だからってわけじゃないけど



鹿児島ではじめて親父に電話した。



なんとなくギクシャクした関係なんだけど、元気そうで安心した。



103日目、



桜島の火山灰を浴びながら九州を北上。



親友のいる大分に入ったのは7月29日。



3年ぶりの再会。



この旅で、ここ別府の滞在期間がいちばん長かった。



毎日いろんなことあって楽しかった。



TV取材をしてもらったのも別府で、



別府は思い出がいっぱいだ。



アバウトだけど九州一周もおわり



ここから四国に渡った。



四国一周は10日間。



四国は変わった人が多くて面白かったな。



なにより偶然にも日本最大級のお祭りを2つも見れたのが嬉しかった。



よさこいと阿波踊り。



もう四国はこれにつきる。



あと、いつか八十八か所巡りもしてみたいなぁなんて。



まあけっこうキツいんですけどね四国とか。



本島にもどったのは8月20日、



終戦日もすぎた夏の終わり、



広島イン。



ふぅ。



重くなるぞー…(笑)



なんだろう、



立て続けに戦争の歴史とか見たからかな



ただの旅疲れかな



もうね、ベンチにずーっと。



4日間くらい死んでましたね。



いろんなもの受け取って、整理がつかなかった。



一言でいえば病んでた。



一週間滞在。



まあ最後は結局、



やるしかねえじゃんって。



生きてんだからさ。



がんばるしかないって。



旅も終わりに近づいてきて



このあたりから



答えみたいなものが見えはじめてきた。



人生の答えなんて大それたものでは決してない。



ただ、自分なりの旅の答え。



落ち込んだ自分をやっつけて広島を出発。



瀬戸内海沿いを走り、



岡山でこの旅をずっと応援してくれたひとに会った。



ここまでが



前回までの日記。






そこから東京まで、



名残惜しさと旅に対する答えが見え隠れして



なんかモヤモヤしたものがうまく言葉にできなくて



ブログの更新ができなかった。



やっとここまで追いついた。



モヤモヤしたもの、、なんで更新できなかったか、、



ここまでの出来事をぜんぶ、結論とむすびつけたいって感じてたからだ。






大阪で、東北ボランティアで知り合ったGさんと再会した。



リスペクトする人物の一人。



「お金は貯めたいけど家を出ようと考えてる」みたいな相談をしたら



「なんで家出るん?」といわれ、



自立するために…と答えたら



「自立って家出ないとできひんの?」と言われ、



すごく浅い悩みに思えた。



自分がつくったわけじゃない1億円近い借金を、二度も返済したGさんの話を聞くと、



あ、なんでもいいんだな。って。



なんでもできるんだな。って思える。



結論に、どんどん近付いていくような



脳みそがどんどん開いていくような。



このあたりの感覚が旅の結論になるんだろうなって。



Gさんが京都でボランティアをやってるらしく、同行させてもらった。



京都 宇治、



大雨で川が氾濫し、土砂崩れで民家が浸水する被害がでたらしい。



全然知らなかった。



Gさんは東北だけじゃなく精力的にボランティアをされていた。



ありがたい経験だった。



そして、そこでの出逢いもかなりの刺激になった。



やっぱり、



がんばってるヤツはいる。



日本一周をしてよかったって思うのは



そうゆうヤツが日本にはまだまだいっぱいいるって知れたこと。



そして自分も日本一周をしたことで少しは興味を持ってもらえるようになったこと。



まだまだ、まだまだだけどさ。



Gさんと別れ、向かうは京都市街。



3年前に、



当時付き合ってた彼女と来た。



懐かしさがあった。



大好きな街。



東本願寺で真宗とゆうものを少し学んだ。



東本願寺は親鸞とゆう坊さんの教えを請うための建物だとされていて



世界でも最大の木造建築物なわけだけど



もともと親鸞(しんらん)とゆうお坊さんは「煩悩」を悟りに邪魔なものだと考えていて、



そこに法然(ほうねん)とゆうお坊さんがやってきて、



悟りに煩悩など関係なくて



ただただ南無阿弥陀仏を唱えればひとはハッピーになれるんだみたいな



最初、親鸞は「んなことあるかい」みたいな姿勢だったけど



次第にその法然とゆう坊さんをリスペクトしはじめて弟子入りするわけ。



だから、なにが言いたいかって



なんで同じ時期に生きていたのに



東本願寺では親鸞だけフューチャーされてるのかな、みたいな。



法然のほうがすごいじゃん、ってゆうか



仏教面白いな、ってゆう。



そもそも出発点が「生きるってなんだろう」ってゆう



等身大の悩みなんだってことが、少しカルチャーショックだった。



それは自分が旅をはじめたキッカケでもあるから。



生きる意味、、。



思えば



「生きるとは」「働くとは」「日本とは」これをテーマにして始めた旅。



終わった今、自信をもって言える。






わからん。



ただ、



めちゃくちゃ働きたい。



めちゃくちゃ生きたい。



めちゃくちゃ日本が好きって言えるように海外とかも旅したいし勉強したい。



そんな感じ。



結論に近づいてきた。



京都を下って、奈良へ。



大仏を観光。



そして三重県、伊勢神宮へお参り。



静岡へ入り親戚の家にお世話になった。



あと2日。



チャリダーの中ではもっとも悪名高い箱根峠へ。



最後の締めだ。



これを登ってほぼ旅が終わる。



気合いをいれて登った。



旅の出逢いを思いだしながらひとこぎひとこぎ、漕ぐほどの余裕はもちろんない。



でも



意外なほど気持ち良かった。



頂上までいき、少しの感慨にひたって



神奈川方面へ下ってく。



登りの時とは違い、下ってるときはさまざまな想いが降ってくる。



本当に旅が終わるんだと、



ありがとうって言いたくなった。



早く母ちゃんにありがとうって伝えたい。



この旅で何回泣いただろう。



なんの涙なんだろう。



なんでもいいけどさ。恥ずかしい。



見慣れた景色が出てきた。



湘南にはよく遊びにきてた。



中学生のころ、湘南まで自転車走らせて親父がおどろいてたっけ。



夕陽がきれいだ。



ちょっと曇ってるけど、きれいとゆうことにしておこう。



日本一周が終わる。



名残惜しくもあり



充分すぎるほどの出逢いと経験。



後悔もあり



それ以上に、できたとゆう達成感。



つぎの朝、鎌倉を少し観光して



東京に向かった。



少しずつ近づいてく。



多摩川を渡ったところで、



ああ、帰ってきたと実感。



半年間、旅立っていたけど



あいかわらず地元は地元の時間が流れてる。



日常が出迎えてくれ、



まとわりつくように抱きついてくる。



懐かしくもありウザったい。



思えばこの日常から離れたくて旅にでたのに



最後は戻りたくてしかたなかった。



がんばってる人を見すぎた。



「働くとは」「生きるとは」「日本とは」



答えが出ないなんて最初からわかってたかもしれない。



ひとつ言える、



自分も頑張りたいって。



もしかしたら、それも最初からわかってたことなのかもしれない。



一周。



スタート地点の大国魂神社がみえてきた。



終わりじゃなくて始まり、なんてちょっとベタすぎるかな。



かったるくも自由で、愛に満ちたうざったい日常が



またはじまる。



ツラいときはこの旅を思い出そう。



たくさんの人にがんばれって言ってもらったこと。



がんばることで感謝を示したい。



さあ結論。



答えなんてはなから出てた。







これからも



人生とゆう旅を、



全力で突っ走るだけだ。







大国魂神社の鳥居をくぐり、



いま、

















出発。