國府神社(こくふじんじゃ)
千葉県市川市市川4-4-18
京成本線「国府台駅」より北へ直線約400m先に鎮座されています。
創建:永保7年2月8日(1087年)
御祭神: 日本武尊
御由諸 : 境内掲示板より
国府台の地名の起源には、日本武尊に関わる伝承があります。それは、日本武尊が東征の帰路に現在の江戸川の辺りに臨んだところ、浅瀬がわからず渡河に難渋したとき、飛んできたコウノトリが浅瀬を渡って案内したことにより、無事渡ることができたので、日本武尊は喜び、この台地をコウノトリに与えたことから、「鴻之台」とよばれるようになったという話です(一般的には、国府の近くにあった台地であることから、国府台の名称が起こったと言われています)。
この伝承に由来するのが国府神社で、寛治元年(一〇八七)二月八日創建で、祭神が日本武尊、ご神体がコウノトリの嘴と伝えられています。
江戸時代には「鳳凰大明神」という名称になっており、市川根本地域の鎮守であり、神社を管理する別当を務めたのが、隣接した根本寺(現国府台五丁目に所在)でした。
一七二一(享保六)年の時点で境内の面積が約一、二三四平方メートルあり、現状の面積が約五二九平方メートルであることから、二・三倍余り広かったことがわかります。
現在は国府神社という名称になり、例祭日が十月十八日え、主要な建物として、本殿、幣殿、拝殿、神輿庫などがあり、境内神社として稲荷神社と天満神社が祀られています。
この伝承に由来するのが国府神社で、寛治元年(一〇八七)二月八日創建で、祭神が日本武尊、ご神体がコウノトリの嘴と伝えられています。
江戸時代には「鳳凰大明神」という名称になっており、市川根本地域の鎮守であり、神社を管理する別当を務めたのが、隣接した根本寺(現国府台五丁目に所在)でした。
一七二一(享保六)年の時点で境内の面積が約一、二三四平方メートルあり、現状の面積が約五二九平方メートルであることから、二・三倍余り広かったことがわかります。
現在は国府神社という名称になり、例祭日が十月十八日え、主要な建物として、本殿、幣殿、拝殿、神輿庫などがあり、境内神社として稲荷神社と天満神社が祀られています。
旧社格:-
御祭礼:10月18日
駐車場:-
御朱印:-
ご 案 内
神社入口
県道1号線沿いに鳥居が見えます
広めの階段を登ると
神輿庫があり
左に折れると狭い急な階段を登ります
狛犬の出向かいを受け
拝殿に到着します
本殿です
摂社:稲荷社
摂社:天満宮
名もない小さな石祠
記念碑
市川市の一等地にあるため当時の1/3ほどの敷地になり國府という名の割にはコンパクトな神社という印象です。
それなりに威厳を感じました。