軍艦島
先週設計士の組合と長崎に行きました。
端島は長崎の沖合いにあり、1974年に島民全員が退去してからは無人島になっており、現在は廃墟となっていますが、2008年に文化庁の世界遺産国内暫定リストに九州山口近代遺跡群の一部として明示されました。
本来、島への上陸は禁止されていますが、条件付で一部解禁されましたのでマンションの原点を見学・考察することができました。
日本最古のRC集合住宅はこの軍艦島に現存しており「建物を維持保全しないとどうなるか」を直接見て、改めてRC建築物の寿命と維持管理の重要性について考えるということが今回の研修の目的の一つです。
右側の建物が30号棟、日本最古のRCアパートで1916年(大正五年)竣工。
現在も他に類を見ないメーターモジュールです。内部は土壁で仕切られており六畳一間の集合体です。
当初は四階建てで上三階分は後から増築されました。
左側の31号棟は防潮の役目も果たしており窓も小さめに作られています。
老若男女、炭鉱夫の怪我等があり、診療所レベルではとてもまかないきれず本格的な病院でした。
日本一質がよい瀝青炭を採掘していました。
(海中にコンクリート製または鋼鉄製の小島を作り橋を渡す)
お風呂は海水。作業後のお風呂は真っ黒になったそうです。
端島中心地の山
長崎は日本近代化発祥の地で軍艦島も岩崎弥太郎が開発しました。
その岩崎弥太郎が創業した三菱造船所でクレーンの見学も今回の研修のひとつです。
三菱造船所では、最高性能のイージス艦やNTTの海底ケーブル敷設船も作られていました。
トーマス・グラバーが作った小菅修船所、通称・ソロバンドッグ
国指定文化財 慶応4年に竣工
グラバーは殆どこの造船所の経営をすることなく、明治2年に政府が買い上げた。更に政府は明治20年に三菱に払い下げる。現在この地を訪れると巻き上げ機小屋等の昔からある施設が残り、歴史の重みを感じさせてくれる。巻き上げ機小屋に使われている煉瓦は、現在の煉瓦よりかなり薄い煉瓦だ。蒟蒻のような形をしているので、「蒟蒻煉瓦」というが、これも未だレンガと言うものが珍しかった時代に焼かれたごく初期の国産レンガと言うのが通説である。






















