うつ病の治療は一般に休養と抗うつ剤等による薬物療法である。症状が落ち着いてくれば、個々に応じて規則正しい生活リズムを取り戻し、軽い運動や作業療法等を行い、場合によってはCBT(認知行動療法)等が施行される。抗うつ薬に反応が乏しい難治性のうつ病に対しては、磁気刺激療法(TMS)や電気けいれん療法等が行われる場合もある。後者は麻酔が必要であるが、前者は麻酔も不要で外来でも施行されている。
頭蓋の近くでコイルに電流を流すと、ファラデーの電磁誘導の法則に従って、脳内に磁界の変動が生じ、渦電流が流れる。これを用いて脳の特定の部位を刺激しようというものが、経頭蓋磁気刺激(TMS)である。神経細胞の軸索の内部は通常負に帯電している。神経細胞が前の神経細胞から情報を受け取ると(シナプスで神経伝達物質を一定量以上受けとると)脱分極して軸索内部にプラスのイオンが流入する。これが軸索に沿って伝わって、神経終末において神経伝達物質を放出する。この電気的な流れを、コイルによる磁界の変動によって、頭蓋の外部から調節(刺激)することになる。
以下、生物的基盤が想定される「うつ病」が、磁気刺激により改善される過程を、模式的に3つのニューロンが環状につながっている神経回路で説明することとする。神経回路は逆三角形∇で表し、反時計回りに神経の興奮が伝わるものとする。↘の部分は抑制系の神経、↗の部分は促進系の神経、←の部分は抑制系の神経とする。抑制系の神経とは、その神経が分泌する神経伝達物質が次の神経の活動を抑制するという意味である。促進系の神経とは逆に次の神経の活動を促進するという意味である。「うつ病」では、↘の部分の神経の活動性が低下している。(実際、うつ病では、背外側前頭前野→辺縁系(情動に関与する脳領域等)の抑制機能が低下している)↘の部分の神経の活動性が低下していると、↗の部分は促進系の神経は活動性が増し、←の部分の抑制系の神経の活動性も増す。このため↘の部分の神経の活動性はますます低下するといった悪循環状態に陥っている。神経回路∇のフの部分が活性化している。
磁気刺激により、←の部分の神経(介在ニューロン)が刺激され、シナプスの感受性が変化するなどして、本来の抑制機能が低下したとすると、↘の部分の神経の活動性は逆に増すことになる。こうなると↗の部分の神経はブレーキがかかって活動性が減少する。次に←の部分の神経の活動性も減少し、↘の部分の神経に対してブレーキがかからず、↘の部分の神経の活動性はさらに増す。神経回路∇の\の部分が活性化している。これによって「うつ病」が治癒する、というのが逆三角形∇仮説となる。
以上は仮説に過ぎないが、生物学的基盤が強いと類推される精神疾患では、おおよそこれに類するメカニズムが潜んでいるものと考えられる。ブラックボックスともいえる脳の疾患に対する治療では、必ずしもそのメカニズムが十分に明らかにされていないものの、個々のケースの特性を踏まえ、働きかけとその反応性等の相関関係を吟味しながら治療を試みていかざるをえない面がある。
