アイラブママ☆ -62ページ目

アイラブママ☆

お料理と可愛い女の子が大好きな櫟ギャです(*^^*)

ベーコンレタスなお話やジョジョ、音楽も子供番組などの好きなアニメなど、のんびりまったりとした日常を語っていきます(笑)❤




今晩わんわん。









今回は久々に長くて重い日記になるので、
イヤな予感がした人や、
今気分が最高にハイ❤な方は、

読まないことをおすすめします・・。




































































今日、お兄さんにお願いして、
重たい荷物(主に飲み物)をまとめ買いに連れていってもらいました☆





買い出しに行く前に、お兄さんにお話があると言われ、

荷物を積んだ後に、駐車場で、







今入院中の同居人(お兄さんの妹)が、

余命三ヶ月と診断されたと聞かされました。















同居人さんは、私と同じ病気で、
十代の時からずっと入退院を繰り返していました。




・・・私の、産みの母でもあります。












私は、物心ついた頃から実家で暮らしていたし、

ママとお父には、これ以上ない位に、溢れんばかりの愛情を注がれて育ったので、

小学生の時に初めて真実を知った時も、


ふーん。


という感じで、ショックもなければ違和感も全くなく、
その日もママの美味しい手料理を食べてからお絵描きしたり、

みんなで洋画を見たり(お父が洋画好きだったので)、

ワイワイしながら、月日は過ぎて、







お父が中学入学直後に天国に旅立ってしまい、


それからずっとママと二人、
ご飯も寝るときも買い物も、
休みの日も、


いつも二人一緒に、時々ケンカはしても必ず一緒に手を繋いで寝てました。






高校を過ぎてから、反抗期になって、

バイトを始めると同時に次男夫婦が実家に住み始め、


ちょうどその頃から、
ママの痴呆が始まってしまい、


私が目を離したせいで、階段から落ちて、
半年近く入院して帰ってきた時には、
痴呆が酷くなってて、






デイケアへ出掛ける以外のおむつの交換だったりお迎えを自然に出来る様になるまで、



沢山傷付けてしまいました。










私は、愛情を貰ってばかりで、
全く返せなかった。





自分で働けるようになってからも、

コミュ障と手際の悪さで、バイト先の人に沢山迷惑掛けては怒られ、



そんな日々でも、ライブに行ってる間は、キラキラした時間が過ごせて、



バイトの時間は短めで入っていたので、
帰りにロリ服に着替えてから浦和や目黒に直行☆

なんて日もしょっ中で、
それでバランスが保てていたのかもしれません。



辛くても、家から5分以内の場所だから、うっかり寝過ごしても遅刻せずに済んだし←

通勤や電車を使う移動距離がある仕事に比べたら、私は恵まれていたと実感しています。


だから、声だしと丁寧な挨拶、笑顔だけは、人一倍がんばった!


自分は仕事は使えないから、
ずっとレジ専だったので、

お勧め商品のいかがっすか〜(笑)的な声かけも任せとけな、充実した日々だったのですが・・・







次男夫婦が宗教に入ってから、
泊まり掛けで出掛けなければならない日が増え、

私もライブの回数が増え、

次第に私がライブ後に友達を出待ちしてルンルン気分で帰ってくるのが、主にママの食事や介護をしていたお嫁さんには、気に入らなかったんでしょうね。




結構な嫌味や、睨まれたり、
下で電子レンジ使うだけでも気まずくて、






そして、建築してから何十年も経っていた実家は、色々な所が老朽化してしまい、

月々に少ない給料からお金は入れてたのですが、



工事をするのに大金がかかり、
家族の中でただ一人お金が出せないなら出ていけ!



と遠回しに言われ、
実家ではお風呂も時間制で見張られてトイレも使えない状態でバイトに支障が出てしまう為、


逃げるように家を出たのが、
産みの母の、今住んでるアパートでした。




最初の頃は仲良く、
朝は出勤前におにぎり作ってくれたり、

私にとっても至れり尽くせりだったのですが、




彼女が別れた旦那(実のちちおやと言うんですかね?)が、

私の為にお父が貯蓄しておいてくれた通帳を発見し、
勝手に引き出そうとした事件がありまして。



私はすぐ銀行員さんに事情を話して、
新しい印鑑を作ってから、お金をおろし、


ほとんどをママの介護に使う様にと、次男のお嫁さんに渡してきました。




関係は拗れても、私の世界で一番大切なママの介護をしてくれているのですから。


散々ひどい事言われたけど、

その面では、感謝しているんです。







その件で、何であいつらにはお金渡して俺にはよこさないって、
同居人に電話があったらしく、



まさかの同居人の産みの母までも一緒になって同じ台詞を聞いて、






その時から、何かが壊れ始めて。




お金をおろす為の印鑑をよこせって連絡があった日も、




私は冷静に、


勝手に言わせておきなよ。

しつこかったら警察に付き出すから。











それであっさりと治まったのですが、
私の中での実のちちおやに対する嫌悪感は日々増していき、

同居人にも、今後あいつをここに連れて来ないで。

会うなら二人で勝手に会って。




と告げ、






それはそれで良かったのですが、








数年後、出勤時間が40分の急坂続きの道をママチャリで出社する際、





段々、自分の感覚がおかしくなっていって、


バイト先からは、お母さんの面倒見なくて良いなら、時間増やせるわよね?と、
勝手に時間増やされてしまうし、



帰ってからも、これまた同居人さんが入ってる変な宗教の人に、強引に勧誘され、








なにかが、プツっと切れて。

















それから私はクリニックに通院する様になり、

同じ病気同士だと、ぶつかり合うことも多くなって、


同居人さんは入退院を、

私はバイトを辞めて登録制の職種と時間が選べるお仕事に就いて、



それから色々あって、


本格的に精神的に病んでしまった私は手続きやら何からなにまで、
お兄さんにお世話になり、




時々体調を崩す同居人さんは、
反発したまま同居するのはお互いに良くないと、入院生活がメインになり、

私は一人暮らしを始める事になりました。









同居人さんには、申し訳ないという気持ちと、

やっと、自由になれたという気持ちが沸き上がり、



体調の良い日には、ママにお土産のぬいぐるみや冬物服を買って、

実家でお昼寝してる可愛いママの顔を見てから、お墓参りをして帰る。





そんな日が続いていたある日、








深夜に、ママの容態が急変したと連絡があり、その数分後に、

最悪の知らせを聞く事になりました。











ここから先は、以前のブログの、
ママの日記に書いてあるので中略させていただきます。







それからは、月に一度、お兄さんが同居人さんを連れて、少し談笑してから病院に戻るみたいな関係が続き、

お手紙では、病室でお友達が出来た!と嬉しそうに書いてあったり、




私は訪問看護サービスで大好きなママ達とお話するのが楽しくて、




お互いに前みたいなモヤモヤ感もなく、



それぞれ楽しみを見つけて過ごしていたのに、







一年前に、乳がんの摘出手術を終えて、抗がん剤も飲んで、

やっとひと安心していた同居人さんに、


ガンが転移していると医師から告げられたのが半年くらい前。





そして、今日いきなり、冒頭で書いた、


余命宣告の話を聞かされ、


なにが何だか解らなくて、

頭の中真っ白の私に、



お兄さんが、


お寺のコピーを手渡し、



私のママは一人だけ。

と以前言っていた話をして、
それでもいいから、

私が葬儀に参加するかどうか決めてほしいと言われ、






ああ、これは現実なんだ。



と、やっと理解出来て。






服は持ってないけど、参加の旨を伝え、


今後は病院を移り、

肺が苦しくならない様、酸素ボンベを付けながら生活する事になると聞かされました。



今は元気なのですが、

先生の説明を受けている途中で体調を崩してしまい、


抗がん剤を含んだ注射も打たず、
抗がん剤も昨日で中止したそうです。




お兄さんは言葉を濁しながらも、
この状態で生きる選択をするには、それこそ命に関わる手術や副作用を伴ってしまうのだそうです。




















きっと、今頃泣いてるんじゃないか。


そう思うと、色々考えはしても、

いかんせん、今の私に出来る事は限られていて。






今もまだ混乱しているけど、











今度お兄さんに会う時に、

イラストと手料理とお手紙を渡そうと思います。






会いに行くかどうかは、その時に決めます。











つい昨日まで、
自分の存在理由や、生きる意味が解らなくて、

今朝も夢に大嫌いな人間が出てきて、魘されて、
とてつもなく目覚めと体に悪い起き方をしてしまったり。




生きてる意味が解らない自分が、



これからしを迎える恐怖を抱えている産みの母に、




何をしてあげられるだろう。










過ごした時間は短かったけど、









私の両親はママとお父だけだし、



まだ幼い私を育児放棄した最低なクズ男と、
産みの母だけど。













実のちちおやはいつどこでどうなろうが知ったこっちゃないけど。






この病気の苦しさは、私が一番よく知ってるから。











最後に、行き場のない私を助けてくれた、お礼がしたい。































今月はママのお墓参りも行かなきゃ。


















色々考えすぎて頭がパンクしそうだったけど、



日記に書いたら、少し落ち着いた。






















読んでくれた方。

ありがとう。

















また、元気出たら、ご飯作って更新始めます(*´ω`*)










ぴ。