「鼓ヶ滝」「写経猿」

どちらの話も好き。
「鼓ヶ滝」、西行が迷いこんだ屋敷で歌を披露する美しい噺。
日本に住む人が駄洒落好きなのは、はるか昔から。和歌も、落語も、その源はひとつ。

「写経猿」、正体を自ら語るところ、素敵。能のストーリーのよう。
これが創作だというのがすごい。
「ぞろぞろ」演読。

「なぜ?」をたくさんクリアしていかないと、登場人物がみんな同じ人になってしまう気がする。

ひとつひとつの台詞には、登場人物の心があって、それを理解しないことには、言葉が上滑りするような気がする。


おじいさんとおばあさんはいつから茶店を始めたのか。そもそも二人のなれそめは?
床屋の親方は、なぜ田んぼの中に店を開いたのか。
通りを人が全く通らない訳ではないらしいが、観音様や吉原までの通り道なのか。

というわけで、簡単に検索できる今はいい時代ですね(^-^;

そもそも「ぞろぞろ」は上方の噺であったらしい。それがこちらでも演じられるようになったとか。

では江戸の浅草の観音様の裏は、実際にはどうなっていたか。
「江戸切絵図」を見ると、なるほど、浅草寺の裏は田んぼ。そして、その真ん中には吉原。(明烏の「お稲荷さま」のことではないか(^-^;)

Wikipediaでは、浅草の「太郎稲荷」が舞台では、とある。
さすが、ちゃんと調べていらっしゃる方がいて、太郎稲荷は参詣が流行った年があって、翌年には寂れたらしい。へぇー。

じゃ、流行りの通りに店を出してみたものの、すぐ寂れてしまったというわけかしらん?
それなら、床屋の親方の独り言ともつながってくる。

おばあさんの心、ちょっとわかったかも。
おじいさんが一度もお参りしていない理由も、ちょっとわかったかも。
「江戸の二十四時間」を読む。
時代、風俗考証の本だが、ドラマの時代考証家の
本だけあって、各部がドキュメンタリー風で、
図も入っていて、読みやすい。

なかでも、「長屋住人の二十四時間」は
大家の視点で、店子の世話をする訳も、
なるほどと思わされ、ほかに「吉原遊びの二十四時間」
も面白かった。