大学の入学試験、
電車が遅延して坂を走って下って、試験時間3分前に着席したことを未だに覚えてる。
不登校で2月も遊んでばかりいたし、赤本しか解いてないのに、よく受けようと思ったなあ。
あの時は、大学に入ったら今(高校時代)みたいな地獄から抜け出せる気がしてた。
環境を変えれば、自分は何とかなると思ってた。
でも4月の時点で、満員電車、高校の時の倍の時間の講義、新しい人間関係の構築、醜形恐怖が一気に押し寄せてきて、またすぐ不登校になった。
父親には「お前はまだ何も頑張っちゃいない」と畳み掛けられた。
死んだ母親にも、根性論で育てられたっけ。
家を出ていけとも言われた。
しばらく病んで引きこもった後、キャバ嬢になって貯金したり、発達障害の集まりに顔を出したりしてみた。
どこにいたって僕の「属するところ」は用意されてなかったし、頑張っても見つからなかったよ。
キャバクラでは言葉のトゲが酷くて、1番言われたくない容姿についてけちょんけちょんに言われた。
姉には「股を開く仕事」だの馬鹿にされた。
ストレス過多で、醜形恐怖なのに過食も酷くなってた。
辛かった。
少しの希望を持って、「電車に飛び込んで死にたい」と父親に言ってみた。
すると、「それは貴方の決めること」と突き放された。
そんなこと言う人に、都合のいい時だけ親ヅラされても納得いかないよ。
キャバクラで働くのは大変だった。
音声の情報処理能力が悪かったこと、プライベートだろうと関係なく連絡を取らなければいけないこと、お酒が弱いのに飲まされること。
でもときたま、自分が生きることを許されるような優しい言葉をくださる方もいて、それがモチベになって続けられた。
結局7月で仕事をやめて、大学も来年まで休学するんだけどね。
少し休みます。