1月30日の仕事中
急に腹痛を訴えて職場でうずくまり
そのまま産婦人科病棟で勤めていた私は
運良く先生やスタッフのみなさんに助けられ
そのまま緊急入院しました
切迫早産でした
もう腹痛を訴えていたときには
すでに5分間隔の陣痛がきていました
なんとか張り止めの薬を投与してもらいましたが
体質に合わずでその日の晩には2分間隔の陣痛が起こり
夜中に旦那さんに連絡してもらって
緊急帝王切開をするかもしれませんと
告げられていたらしいです
そして翌日の夕方には薬が合わず
息苦しさを感じ、もう先生がこのままでは
お母さんが辛いから帝王切開しましょうと
言ってくれて夕方に娘が帝王切開で
産まれてきました
31週1日でした
体重は1558gでした
低出生体重児といまは言われています
泣き声も小さいながらに聞こえました
こんなに小さく産んでしまって
ほんとにごめんね
お腹の中で十分におっきく育ててあげれなくて
ごめんねとそれだけしか考えられず
産声を聞いたときは嬉しい気持ちで
いっぱいでした
でもそのあと呼吸機能がまだ未熟な娘は
すぐに挿管されて泣き声すら聞けない日々が続きました
帝王切開した翌日に車椅子に乗って
娘をNICUへ見に行きました
小さくて小さくてほんとに申し訳ない気持ちで
いっぱいでした
でも看護師さんや助産師さんがお母さん、自分の子なんやでちゃんと信じたらなあかんよ
と言ってくれました
それから私は娘よりも早く退院をして
毎日欠かさず搾乳をしてそれを届けていました
カンガルーケアと言って保育器に入っている中を
少しだけ抜けてママやパパのお腹の上に
抱っこできるカンガルーケア
初めての抱っこに私も旦那も緊張でした
でも抱っこできたとき
あ、この子は頑張って生きてるんだと
改めて感じました
でも他の赤ちゃんが大きな声で泣いている声を聞くと
これまた辛くなってしまって
お腹の大きな妊婦さんを見ると
後ろめたい気持ちになりました
でも娘はいま必死に息をして
頑張って生きようとしている
母親の私がいつまでもそんなことばっかり
考えたらダメやんって思ってました
そんなある日娘は保育器を抜けました
嬉しかったです
でもまだ直接母乳授乳ができずで
いつになったらできるのかな?
そればかり考えていました
挿管チューブも外れて呼吸器に変わり
ミルクも胃に繋がっているチューブで
たくさん飲んでいました
NICUの看護師さんが1冊のノートを作ってくれました
娘の様子を写真やメッセージで書かれている
ノートです
交換日記のようなものでした
たくさんその日の様子や体重が少しずつ伸びていく
ミルクの量も少しずつ増えていく
沐浴の写真やカンガルーケアをしているときの写真を
貼ってくれてメッセージを書いてくれました
私たちも週一で持ち帰り夫婦で日記を書きました
名前の由来やお兄ちゃんが帰ってくるのを
待ち遠しく思っている様子などたくさん書きました