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2024年12月21日(冬至)の、N女史のセッションの内容をご紹介します。
前半は、真田幸村(信繁)さん、後半は上杉謙信公との対話になりました。
まず、真田幸村さんとの対話をご紹介します。
相談内容は、わたしの所に色々な武将の方がいらっしゃるのは何故かということでした。
🟢N女史「簡単だ」という声が聞こえます。
「それぞれの方が、それぞれの思いで、世の中を変えたいと思って来ている印象なんですよね」
「たとえば、真田幸村さんは、どういった方なんですか?」
🔵わたしが、幸村さんのことを説明する中で、徳川家康のことを憎んでいて、大坂冬の陣、夏の陣で、家康と戦って、最後は敵の武士と戦って討死したと、表現すると、
🟢N女史「それは違う」
「そういうことではない。」
と、幸村さんがおっしゃっています。
負けてやった、という感じなんですよね。
(真田さんを討ち取った武士によると、真田さんは名乗らなかったそうで、後に旧真田家臣だった同僚が気づいて真田信繁だと分かったとのことです)
本当は、家康さんを尊敬していたとか、羨ましかったみたいです。
この方って、一匹狼的な方なんですか?
一族だけとか?
家康さんは、仲間が一杯いて、村のようだったというイメージなんですね。
いっぱい人がいて、いいな、という感じなんですね。
でも、幸村さんは、「家族だけ」みたいな。
人と利害でしか繋がれない、みたいな。
でも、家康さんは、もっと自分の弱さを認めて、人に甘えられる、委ねられる。
そこがとても羨ましい、という感じなんです。
幸村さんは『絶対』というものを重んじていた感じです。
その絶対というものは、恩義とか、家とか、家訓とか・・・
絶対というものを主軸に自分の人生を構成していたと。
幸村さんがおっしゃるには。
でも、家康さんには、『絶対』という考えはなく、その場その場で、コロコロ変える、という感じなんですよね。
調整力が高いイメージです。
それなので、『絶対』を作ると滅びると、
多くの人に伝えたい、という感じです。
そういう戦国武将の気持ちを良く分かるのが真透さん、という感じなんですよ。
心を汲み取ってくれるとか、奥にある深い感情を分かってくれる。
“敵に塩を送る”のが武将なんだと。
憎くて戦うのではない。とか、仁義とか、敬意を表してとか。
一般的に思われている武将のイメージとは全然違う感じです。
首を斬るのも、簡単に斬るわけではない感じです。
「御免」と言ってから斬るとか、敬意を払って斬る感じです。
それを理解出来るのが真透さん、という感じです。
ただ強ければいいというのではなく、美しさ、美学と哲学があってのことと、理解出来るのが真透さん。
美学と哲学を理解して悟っていると。
武将は皆が思っているような生ぬるいものではないと。
もっと心の奥に凄い葛藤があって・・・
誰かと友になりたくても、敵対していたらなれないとか、
心の動きがものすごくあって、繊細で・・・
それを、そこまで理解しようとする人は少なくて・・・
でも真透さんは理解してくれると、幸村さんから伝わります。
武将というものを甘く見て欲しくない、決めつけて欲しくない、心の動きまで全部、この人はこういう人なんだという印象をレッテル貼りされないように、真透さんにして貰いたいみたいです。
レッテルを貼ることは誰でも出来るという感じですが、レッテルを貼るのではなく、1人の人の人生だから正しく評価して欲しい、という感じです。
真田家は、『絶対』という意識が凄く強いみたいなんです。
親兄弟がそう言ったら、そうする、という感じです。
🔵わたしが、真田は小勢力だったので、時に豊臣、徳川、上杉といった大きな勢力と結び付いて生き残るしかなかったという話をすると、
🟢N女史
真田は、卑怯だとか、ズルいとか、レッテルを貼られているとしたら、それを解いて欲しいんだと思います。
🔵わたし
幸村さんのことを、そう思っている人はいないと思いますが、幸村さんが一時期、上杉家に人質としていたことがあり、直江兼続から薫陶を受けていたこと。
上杉家の義を重んずる精神を学んでいたと、説明をすると・・・
🟢N女史
「ちょっと待ってください・・
直江兼続・・その方のお名前が出てきたら、
幸村さんが凄く大泣きされちゃって・・
ものすごく泣いてしまわれていて、
人の道とか、人としてのあり方、考え方・・・
随分、慰めをもらったと。
一方的に責めないという感じです。
直江さんは、幸村さんを一方的に責めるようなことはせず、
生き方はそれぞれだと。
でも、絶対に忘れてはいけないものがあると。
それは互いにどんなに生き方を違えたとしても、戦ったとしても、相手への敬意だけは忘れないように。
相手を斬る場合でも、相手を辱しめるような斬り方はしないとか、そういうことを直江さんは伝えたようです。
🔵わたし「直江兼続も上杉謙信公から薫陶を受けた人物なんです」
🟢N女史
「それでなんだと思います。
直江さんて、心ある人のようで、
敵だからといって、ズタズタに切り刻むようなことは、決してしてはいけないと教わったと。
人の道とか、人の心というものを忘れて戦いに挑んではいけないと、常に常に言い聞かされたと。
すごく幸村さんが泣いていらっしゃるんですよ。
それが美学や哲学だったということのようです。
戦うとしても、敵であったとしても、敬意だけは忘れるなと。
なんで真透さんかというと、敬意があるからということです。
人に対して敬意を払って下さるから。
なので、その時の心の動きは、こういうものではなかったかとか、
さぞ苦しかっただろうなとか、
そういう、言葉では言い得ないような思いであったり、気持ちを汲んでくれるイメージなんですよね、真透さんが。
なので、なんとも言えない安らぎを感じるんだと思います。
安心感とか、安定感とか。
なぜなら、偏見で見ないから。
敬意がおありなので。
決めつけないと言いますか。
真透さんの前世の宇佐美さんのことも聞いておられるんだと思います。
「知っている」という感じです。
宇佐美さんとはお会いしたことはなかったけれど、聞いていた、知っていた、という感じなんです。
尊敬していた感じです。
宇佐美さんのことを。
🟢N女史
「幸村さんが、こうおっしゃいます。
真透さんは、お友達がいらっしゃらないんですか?」
🔵わたし「そうですね。今いないですね。」
🟢「その理由をおっしゃいます。
どうしてかというと、こういう武将の厚い友情を知ってしまうと、薄っぺらい友情は、空虚なものに感じると。
なので、熱いもので結ばれた感覚とか、そういったものを知っているものは、学校でたまたま知り合った仲といったレベルではないので、
友情を越えて、時代を超えて、共にあろうとするものだ、という感じのようです。
だから、友達が出来づらいということのようです。
そういう友情は、生きているとか、死んでしまったとか関係なく、
そういう思いは、時代も時空も超えて、ずっと残るものというイメージです。
生きるか死ぬかの領域を、時代が違っても共に味わっている者同士みたいな感じなんです。
そういう熱いものを知っている魂は、この現代で友達が作りづらいと、
それが幸村さんの見解のようです。
なので、友達がいないのは当然だと。
そのかわり、謙信公や将門公や、幸村さん達とか、そういった人が来ると。
それが理由だと。
つまり、友というより、互いに敬意を払う者同士ということのようです。
それだけ伝えたかったと、聞こえます。
幸村さんも、お友達はあまりいなかったようです。
ただ、家族はいた。という感じです。
それなので、そのことを、「人として・・」と思う必要はないということです。
時々、自分は偏屈なのかなとか、思うことがあるとしたら、それはやめたほうがいい、ということのようです。
それは、生き死にの感覚を共にした者が、敬意を払って、美学と哲学を大事にするということを、知っているか知らないかの差があるだけ、ということです。
これで伝えたいことは伝えた、という感じです。

「高野山蓮華定院」所蔵の真田信繁像
*幸村さんの本名は、信繁なのですが、私の元に初めて来られた時に、なぜか本名の信繁に反応せずに、通称?の幸村に反応されました。
名前のことも、それ以外のことも、機会をあらためて、また詳しくお聞きしたいと思います。
後半は、上杉謙信公による、”敵に塩を送っ
た“真意や、国防についてのお話です。