とある人権団体啓発から新歓を受けて、初回ミーティングに行ってきた後のことです。
世の中に絶対善というものはないけれど、「人権」を守ることってどうやっても否定できないのでは?と思いました。
でもなんか違う気もして、突然こういうことに意見を求めても気持ち悪がられない友人たちに、LINEで↑について聞いてみました。
皆さんも考えた上で読み進めてください。
以下、彼らの意見のたわ流の解説です。
ひとりめ。
善が何かっていうのは、その時の状況によって変わりうるんだと思う。ただ、平時において、人権よりも大切にされるべきものはないと思う。
あるとしたら、より物的ではない、概念やシステムなどだと思う。(国際社会や国際秩序、平和とか)
例えば、10億人の命を危険にさらしてまで10人を救えるか、っていう議論がこういうところから出てくる。
ふたりめ。
その「人権」ってのは国(場所)、時代によっても変わるもの。つまり、"「大事だ」って思ったもの"に「人権」っていうラベリングをしてる(時にはラベリングをしてるに過ぎない)ってことだと思う。だから、おなじ観念を共有しない人からすると「人権」って主張されてるものについて"独りよがり"とか"擁護するに値しない"って感じる時があると思う。
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ひとりめの意見に関して、マクロすぎるような国際関係論を勉強している身として、秩序を守るってなんだよ、それよりミクロな目で、本当に生きている人の声を聞けないと意味ないのでは、って思ってしまうことがあったのね。でも立場によって見えなくなってしまうものがあれば、その立場だからこそ守れるものもあるんだなあと改めて思わされました。
二人めの意見に関しては、すごいハッとさせられました。人権擁護団体といって集まっている彼らは、究極的には、「人権」というラベルに魅せられているだけなのかもしれない、と。大事なのはその主張の中身ですね。でもそのラベルの元に同じような志向を持った人が集まることで、人がまとまって、一丸になれるのって、強いよね。ただし、自分が目指している、それだけでは抽象的なラベルとしてのキーワードは、具体的にはどういう状態なのか、なぜ自分はそれを目指すのか、同じラベルのもとにいる他の人は何を目指しているのか、考える必要がありそうだなと思いました。
