最近自分について気づいたことがあります。
だいたいのみんなが正しいと言うことに対して、どうしても本当にそう?を問うてしまいたくなる傾向があるあまのじゃくさがあるということです。
理屈っぽい自分があまり好きじゃない一方で、考えずにはいられない自分もいます。
たとえば男女平等指数のランキングが発表されて、日本のランキングが落ちたことが問題になっていました。
でもなんで男女平等をめざすのか?
ただただ勉強不足なだけかもしれませんが、少なくともジェンダー論などについてなにも知識がないわたしからしてみたら、殆どの議論は、経済発展のためには男女平等が必要だとか、社会には男性も女性もいるのだからよりよい意思決定のために必要だとかいった理由づけがなされていて、つまり男女平等がよいという前提のもとにどういうふうにそれを正当化するかの違いだけにみえるんです。
じゃあなんで、貧富の差が生まれているにも関わらず資本主義社会を存続させるのか、弱者となる人がいないように経済制度を是正しないのか、といったら極論を言っているようにみえるかもしれませんが、わたしには少なくとも男女平等の議論と同じ種類に見えてしまう部分があります。
さらに、平等や公平っていう言葉がもつ多面性にも注目するべきだなとこの前感じました。
日本だと、教育の公平性を保つために、進学する時には試験が用いられるのが一般的ですよね。みんな同じ土俵で戦う、っていう。
だから学力が親の所得の高低によって決まってしまうという問題が起きたりする。
一方スウェーデンでは、学力によって機会に差が生まれるのは公平じゃないということで、試験なんてなくて、waiting listが用いられるみたいなんです。子供が生まれたらすぐに、通わせたい学校のwaiting listに申し込むんだそうです。
だから実は移民の子供とかは良い学校のwaiting listに入れなくなってしまうという面もあるみたい。
どちらも平等な制度に見えて、平等じゃない。
これが100%いい!、正しい!なんてものはないんだなあと。
いまは香港情勢について授業で分析をしているんですが、やっぱりヨーロッパは民主主義の名の下に香港側に知らず知らず同情している人が多い印象を受けています。
中国の友達に、実際香港情勢についてどう思っているか聞くと、
「香港デモ隊がなにを要求したいのか一貫していないように思える」
香港は中国のものである、というふうに小さい頃から学んでいたとしたら、香港の人が騒ぎ始めたところで理解できないのはそうだよなあと思います。
たとえば日本で、北方領土の人たちがロシアの力を借りて独立を宣言したとすると、日本人はへっ?ってなってしまうと思います。そんな感じなのかな(違う)
でも中国側にも、香港民主派にも、それぞれ信じている正しさはあって、どちらも第三者とか相手から否定できるものではないと思います。勉強すればするほどそう感じます。
いずれにせよ、一国二制度の危うさが今になって露呈してきていて、それをどう見直していくか、にかかっているのかなと思います。
なんで特定の社会現象は自分に見えるその形で起こっているのか、なぜこの人、人たちはこう行動するのか、5回くらいなぜをくりかえしてなるべくニュートラルに捉えていけたらいいなあ、と思います。
