桐野 藤次

桐野 藤次

徒然なるままに…。

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家族愛、地域愛、人間愛などの、大きな愛を、人それぞれが強固に育まない限り、命は平等になっていかない。

一人一人が全ての人を、何の区別も差別もなく慈しみ、手を取り合わない限り、命は平等になって行かないし、そうならなければ争いは尽きないのだ。

しかし、それには限界がある。この世に生きる全ての人を、愛す事など出来るはずがない。自分の許容範囲を超えてまで、愛を育む事は出来ないのだ。だから、どんなに時代が変わっても、争いは無くならない気がした。

理性があり、感情があるから、人間は万物の長なのだが、結局、その優れた特質が、憎悪や、我欲を生み出し、そこから争いが生じて、奪い、殺すを人に繰り返させる。

それなら、自分に出来る事は、身近にある大切な命を護る事しかない。その護りたい命が一つでも増えるように、生きるしかないのだろう。

大切な人を護るために生きて、その命を護るために死ぬ。小さいながらも、それは立派な愛だ。

人との関係を良好に長続きさせるのは、とても難しい事かもしれないが、お互いに相手を重んじて、許して行く事で、何が変わるかもしれない。

こんな極端な、今の世では果たせなくても、次の時代に繋げる事は出来るはずだ。だから自分達の生き方に妥協してはならない。

もう、あの少女のような、曲がった時代の犠牲者などたくさんだ。

十兵衛が言うような、命の尊さや、平等さを、今すぐ求める事は出来ない。世の中の考えとかけ離れ過ぎているからだ。それでも、そこに向けての一歩を踏み出す事は出来る。

それは、か弱き者を護る事だ。犠牲者は最小限にとどめなければならない。人を思い遣る心を、後世に伝えるのだ。その為の第一歩を、踏み出す事から始めないとならない。

今、自分が思い至った、この考えを十兵衛に伝えなくてはと、畜生丸は思った。

十兵衛の心を、永年にわたり苦しめている、この悩みを取り省かないと、十兵衛は、その苦悩の中に沈んでしまいそうに思えたのだ。

それほどに、十兵衛は儚げに見える。まるで死が、十兵衛に歩みよっているかのようだ。だから、畜生丸は、それをなんとかして振り払いたかった。

『 殿さん、ワシはアホやから難しい事は、全くわからん。生き死にの事なんぞ、今まで考えた事もないからな…。せやけど一つだけ、なんとなくわかる事がある。ワシは昔、好きな娘がおったんや。その娘とは、ガキの頃から仲良くしていて、いずれは夫婦になるんやろなって、なんとなく思とった。それがある日、熊沢の城から侍が来よって、その娘を連れ去ってしもた。なんでも熊沢の若殿さんが狩りに出掛けた時に、その娘を見初めたらしい。その娘は、ワシの眼の前で侍に連れて行かれよった。そんで次の日、娘は物言わん骸になって村に帰って来たんや…。若殿さんを拒んで殺されよったんや… 』

夢で何度も見る光景である。今まで誰にも話さずに、自分の中に秘めて来た、畜生丸にとっての後悔だ。

『 ワシは、その娘を守ってやる事が出来へんかった。あの頃のワシは、まだガキで、なんの力も無かった。だからワシは、その娘が侍に連れて行かれるんを、ただ黙って見てるしか無かった。ワシは、その娘を見殺しにしたみたいなもんなんや 』

夜の闇の中で、畜生丸は懺悔するかのように、十兵衛に語る。その闇の隅に白く霞みながら、少女が立っているのが見えた。

『 あの時に、ワシは誓ったんや、強くなって、ワシはワシの大切なものを護るんやって、そう誓ったんや… 』

話しながら畜生丸は少女を見ていた。少女は闇の隅から離れて、ゆっくりと十兵衛に近づいて行く。

『 命の事など難し過ぎて、ワシにはわからん。でも殿さんが言う、命の尊さみたいなんは、わかる気がする。その娘の命は、ワシにとって尊かった…。だから殿さんが言うように、命を奪うことは、あかん事やと言うのもわかる…。でも、あんな気持ちはもう嫌やなんや…切なすぎる 』

それでも畜生丸は話し続けた。少女が死を象徴する者であるのなら、尚更、十兵衛に伝えなければならない。もう、こんな少女のような哀しい存在を生まないように。

『 だからワシは、もう誰にも奪わせん。ワシの命は、ワシの大切な者を護る為にあるんやと思とる 』

そう言うと、今まで十兵衛を見つめながら、近づいていた少女が、こちらを見た。少女は無表情に畜生丸を見つめて、それでも十兵衛に近づいて行く。

『 それがワシにとっては、殿さんと若なんや。ワシの命に代えても、殿さんと若の命をワシは護るんや! 』

少女という死の存在が、これ以上十兵衛に近づかないように、畜生丸は必死になって話していた。あの時、少女の命は護れなかったが、十兵衛と宝珠丸は必ず護るのだと、言葉に力を込める。

すると少女は立ち止まり、畜生丸を見ながら闇の中へ、溶けるように消えていった。消える最後の瞬間に、少女が少し微笑んだ気がしたのは、気のせいだろうか…。

『 話してくれてありがとう、畜生丸。辛い経験をしたのだな。お主の話しを聞いて、私も胸のつかえがとれた気がするよ。その娘のような者を、もう出してはいけないな。苦しむのはいつも民百姓だ。お主が、私や宝珠を護ると言ってくれたように、私は私の民を、この命にかけて護ってみせよう 』

十兵衛がそう言うと、畜生丸は泣き出した。
理論も理屈も無茶苦茶で、話しもずれてはいるのだが、なぜか畜生丸の言葉は十兵衛の胸に沁みた。

つまり、どうにもならない世の中を儚むよりも、か弱き者や、大切な者を、護る為に生きろと、畜生丸は言いたいのだろう。

その畜生丸の、自分や宝珠丸に対する愛情が伝わって来て、十兵衛の中に沁み込み、疲れ果てていた心に光を灯した。

その様な事かもしれない。幼い頃に畜生丸が経験した様な事を、無くす事から始めなければ、何も変わらないかもしれないと、十兵衛は思った。

戦い続ける事に意味など求めてはいけないのだ。答えの無い事を悩むより、今の自分に出来る事を精一杯やって行く事が大事なのだ。

その繰り返しの中に答えはある。小さな事の積み重ねが、いずれ大きな答えへと、自分を導いてくれるのだろう。そう考えて、十兵衛は畜生丸に優しく微笑みかけた。