第二の患者〜家族が癌になったとき
入院当初は反応もなく
右半身麻痺…
前回の脳梗塞とは
回復度が明らかに違って
絶望感しかなかった
前回は妄想&幻覚があっても
話せたし身体も動いた
入院1週間後ぐらいから
徐々に回復してきたけど
構音障害のせいで
意思の疎通が取れない状態
それでもてんかんも梗塞も
落ち着いたとの診断で
リハビリ病院に転院するよう
担当医から説明された
確かにこの回復期になる早で
リハビリをギッチリ始める事が
正解なんだろうなぁ
でもリハビリ病院に
無事に転院したとしても
面会時間は1日15分
夫は耐えられるだろうか…
回復してきたのは有り難いけど
現実を直視出来るはずもなく
パニックになる夫
さすってると少し落ち着く…
どうしても
夫のしんどさが乗り移る
50肩と良性発作性頭位めまい症が
遠慮なく襲いかかる…
踏ん張れーー


昨夜目眩で立ってられなくて
ベットに倒れ込んだ
呂律も回らなくなって
前回同様脳梗塞の症状
直ぐ救急車を呼んで
そのまま入院となった
今回は訪看待たずに要請しちゃった
自分の判断で動きがちな今日この頃
前回(11月)は右脳で今回は左脳
こんな短期間で…
しかも予防薬も飲んでるのに
今回自宅で過ごしたのは2か月強
しんどかったお正月休みも
無事に乗り越えたのに
去年の3月から始まって
文字通り入退院の繰り返し
そして明らかにに弱ってきている
ついこの前の週末もお気に入りの椅子に
でんと座って競馬してたのに…
2/4担当医と面談
脳梗塞による
意識障害、構音障害
腫瘍の増殖は抑えられてるが
放射線治療後の血管障害や
腫瘍による血液凝固異常で
脳梗塞を繰り返している
疲れや温度差にも注意が必要
当日デイサービスで豆まきして
疲れたって言ってた
薬の調整をして経過を見ていく
落ち着いたらリハビリを始めて
自宅退院を目指す…けど
前の状態まで戻るのは難しい
そう言われても
いつもV字回復してきた夫だから
そんなに心配していない
ってかこうも救急車要請が続くと
心が動かない…防衛機制かな
舅は今年で92歳
姑は令和6年に亡くなり
(享年80歳)
それから舅は一人暮らし
家族やヘルパーさんの介助を受け
一人暮らしを続けている
舅は約30年前に
くも膜下出血になった
発見が早く適切な早期治療により
後遺症は無かったと聞いていた
けど…姑や夫や義妹が
「手術してから性格が
変わった」とよく言ってた
夫との結婚前の話しだから
それ以前の舅を知らない私は
特に違和感が無く
「呑兵衛で陽気な人」って印象
元々は寡黙な人だったらしい
嫁の私には気を使ってくれるけど
基本男尊女卑な舅
姑は苦労したと思う
でも姑も昭和の女だから
家族に尽くす愛情深い人だった
姑は緩和ケア病棟に入院中に
自宅外泊を提案されても
「家に帰ったらとーちゃんに
こき使われて死んじゃう」と
外泊を拒否ってた
病人をこき使う?って
意味不明だったけど
姑の病が判明しても
舅は自分のペースを
崩さなかったし
姑が急変しても病院に
駆けつけなかった…
勿論死に目にも会えなかった
これってさ…
元々の性格じゃなく
くも膜下出血の後遺症の
高次脳機能障害の症状だよね
親子で
高次脳機能障害って…
舅は右の前頭葉なんだけど
夫とは症状が違うし軽度だと思う




























舅が倒れた
30年前には「高次脳機能障害」自体
確立されてないから不毛な話しだけど
もし診断、支援があって
「まわりの見守りのおかげで
生活が成り立ってるって事に
気付けないのも症状の一つ」と
周りが理解していたら
またちょっと違ってたかな
もっと割り切れてたかもしれないし
近しい家族の協力も得られてたかも
特に晩年…足腰が弱ってきた舅の
お世話を一手に引き受けてて
気苦労が絶えなかったと思う
舅のお世話をする為趣味を全部やめた姑
高次脳を理解した今ならもっともっと
お手伝いが出来たはず…色々悔しい
一緒に暮らす家族にしか分からないし
説明したところで理解されないし
日常生活全般見守りが必要だったり
元の姿を失う喪失感だったり
今更なんだけどね…
これが見えない障害の本質だと思う
姑と語り合いたいな〜
当事者しか分からない
あるある話しで盛り上がるかも⁈
とは言え夫の愚痴は言えないよねー
新婚の頃ちょっと愚痴ったら
夫を庇うような発言された
幾つになっても息子は息子
私も息子がいるからそこは共感
でも姑は舅の愚痴を言いながらも
ちゃんと受け入れてたし
甲斐甲斐しくお世話もしてた
家計を支えるために商売始めたり
頼りになり過ぎるお義母さん
見習わなきゃなんだけど…
まだまだ未熟者でごめんなさい
去年の今日は夫のラストゴルフ
そんな心づもりじゃなかったけど
結果的にラストゴルフになった
私の母の一周忌に合わせて
帰省した息子とのラストゴルフ
あの時の息子の感想は…
「ギリギリだったなぁ
でも俺とだったらまだ大丈夫じゃね?」
我が息子…あの頃
ゴルフに超ハマってたから
色々やらかす父親を適度に
適度じゃいな…正しくは適当にかな
見守りながらでもゴルフに
行きたかったんだと思う
そのぐらい自分本位な息子
ゴルフは無理でも競馬は出来る
夫をアシストする為始めた競馬が
私の方が夢中になってるのは内緒
明日も
全力投球
ワクワクして早起きしちゃうのよね
今日は感慨深い一日でした
化学療法中止から
約3ヶ月経過
中止の不安はあったけど
薬剤が抜け切ったのか
体調良さげだし
体力も上がった気がする
症状が安定している現在は
お薬受診になってるかも
そろそろ
撮影や血液検査もしてほしい
安定してるって幸せな事だけど
そんな単純じゃない
私
「そろそろ血液検査したいです」
担当医
「では来月予定します」
私
「フルニトラゼパムは依存度が
高いのでデエビゴに変えてほしい」
デエビゴは依存度が低い新しいタイプの眠剤
担当医
「分かりました」
少しでも体に優しい眠剤が出たんだから
変更を勧めてくれてもよくない?
この担当医、こちらの要望は
ほぼ受け入れてくれる
無理難題言わないよーー
でもこちらから働きかけないと
それ以上でもそれ以下でもない
少し物足りないけど
高圧的な医者よりまぁいいか
でも膠芽腫は維持すること自体が
大きな成功なんだろうし
脳外科の仕事はここまでですよ
って言われてる気がする
※あくまでも個人的な意見です
たとえ現状維持でもさ
最近はふらつきもあるし
今のところ怪我してないけど
転んだり、よろけたり…
咄嗟に支えようとして足が攣る私
認知機能低下に
不眠、身体のこわばり、便秘etc
大きなものから小さなものまで
様々な症状に悩まされるし
本人のため息も増える…
だから回復してるなんて
簡単に言ってほしくないんだろうな
今日は現状維持って言葉にも
不快感をあらわにしてた
現状維持の使い方気をつけよう…
約半年ぶりに帰省した息子
息子の帰省で家庭の空気が
ガラッと変わって居心地がイイ
でも明後日には帰っちゃうし
娘は明日から旅行だし…しんどい
夫も同じ気持ちだと思う

